昨日は午後から雪交じりの曇った日。斎藤周さんの依頼で前澤良彰さんが会場
撮影する。撮影にはかえって曇り日で良かったと言う。光が平均している。吹き抜
けの上とかアングルが多様で撮影に時間を要した。午後6時も近い頃ふらりと青
年が入って来た。先に村岸宏昭さんのお母さんがほぼ前後して来ていたが声を
掛けてきたのはその青年の方が先で”覚えてますか?村岸の個展の時お邪魔し
た者です・・”と問い掛けてきた。偶然近くを通ったので寄ったと言う。見ると高校
の恩師の斎藤周先生の個展だったので吃驚したと続けた。あっ、この方は村岸
さんのお母さんだよと紹介する。初対面らしくその青年原隆太さんも慌てて自己
紹介をした。高校時代からの村岸さんの親友で昨年7月の個展の時ここを訪ね
て以来だという事や大学に入学した時村岸さんから6Fの絵を貰った事などを話
していた。私も段々うろ覚えだが初日に見えた彼の事を思い出してきた。斎藤周
さんは村岸さんの高校時代の美術の先生でもあり原さんもその頃の同級生だっ
た。8ヶ月ぶりのふらりと立ち寄った時間がその先生の個展の空間でありたまた
まお母さんも居合わせて不思議な偶然が重なった。「木は水を運んでいる」ー
村岸宏昭の記録展の準備を毎月例会を重ねている今の時期原隆太さんの出現
でまたひとつ資料が集まってきた。多分絵を描き出して間もない頃の親友に贈っ
たその絵は大事な資料として展覧会に展示されるだろう。お母さんが帰られた後
原さんとしばし話し込む。彼は村岸の死を聞いた時そんなにショックを感じなかっ
たと言う。なにかもっと深い所で感じていたと言う。普段彼と接していてきっと感じ
ていた何かがそう思わせたのだと言う。本当に親友だったんだなあ。そう思った。
優れた死者は時空を超えて訪れてくる。村岸さんが好きだったバッハの音楽のよ
うに。一昨日の網走出身の佐々木さんもそうだった。村岸さんを介在して人が扉
を叩くのだ。この場の時間が重なり重層してひとつの厚みを保っていくのだ。ある
人はまた村岸かあと言うかも知れない。でもそれは違う。新たな展開新たな出会
いなのだ。平面的な連続ではなくもっと重層する立体的な時空の時間なのだ。死
者は今も社会的に生きている。繰り言の繰り返しではないのだ。例え肉体が不慮
の死にあったとはいえその志はこうして生きている人間を通して集まってくる。や
あ、覚えていますかと声を出して。文化力なのだ。再生する人間の心の力なのだ
。死んで用がなくなったら終わりではない。用の文明に対峙するもうひとつの大事
な力である。このふたつの狭間を生きる。そんな勇気を昨日ももらった。原隆太さ
んありがとう!そして村岸さん、斎藤周先生の個展に君も来たんだね。
*斎藤周展「3月の次から」-25日(日)まで。
*福井優子展「春を灯すキヤンドル」-3月27日(火)-4月1日(日)
最終日pm5時~佐藤歌織ピアノライブ
am11時ーpm7時月曜休廊於テンポラリースペース札幌市北区北16条西5
丁目1-8北大斜め通り