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テンポラリー通信

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2007年 03月 18日

対照的なふたりー春のにおい(30)

風強く寒い日。時折雪舞う。昨日の陽光のドローイングの暖かさが消え深閑とし
た昼まえの日曜日。昨日の夕刻は人のドローイング。お昼と夜二回くる人もいた
。前回展示した藤谷康晴さんも二度来て斎藤周さんと話し込んでいた。対照的
な作風のふたりである。ライブドローイングの在り様もひたすら描き続けた藤谷
さんと来る人とゆっくり話し合間を見て描き込む斎藤さん。都市の直線の風景を
精密に再現しライブドローイングでは溢れるような爆発的な命の線を肉体と表示
した藤谷さん。一方直線の世界はなく淡い曲線の若人の群像をベースに淡緑色
淡赤色が舞う斎藤さんの世界。そのふたりがずーつと話し込んでいた。都市の
直線の輪郭を凝視しその非等身大の骨格に対峙するように曲線の身体性をぶっ
つけた藤谷さんに対し斎藤さんの描く世界はあくまである距離を保った輪郭の緩
やかさの中間色の世界だ。このふたりの外界に対する距離の保ち方の違いがきっ
と話し込むテーマでもあったのだろうと思われる。斎藤さんの描く人には生々しさ
はないが呼吸をしている。その淡い輪郭からある滲み出るものがある。藤谷さん
の描く人物は都市の寸景としてあって風俗か衣装のように内側から滲み出る人
の気配はない。それはふたりの接する社会環境の違いにも拠るのだろうがより
個の側に引き寄せて言えば作家の個の部分においては藤谷さんの方がより密で
濃くあり斎藤さんの方がより淡白で冷静である。対象とするものの描かれ方にも
それが出ている。それは外界と融和しつつ溢れようとする生き方と外界と対峙しつ
つ溢れようとする生き方の日常の境界線のあり方の違いにもよるのだろうか。どっ
ちがいいとかいう問題ではなくそれはそれぞれのありようからくる溢れ方の相違な
のだ。ふたりはともに吹き抜けの空間を見事に活用している。そして見る人の滞在
時間もともに長い。しかしそこには質の違いがあって藤谷展の場合は時として見て
いる側がその原風景を突きつけられ自問自答している長さを伴なう。斎藤展の場合
は作品空間と同調する快さが長さをもたらす。世界と和みつつ問う時間。世界と荒
ぶりつつ問う時間。その対峙の線の違いは対照的でありながらともに世界に触れ
溢れようとするラデイカルな姿勢を保っている事に変りはないと思える。

*斎藤周展「3月の次から」-13日(火)-25日(日)まで。月曜休廊am11時ー
 pm7時於テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8北大斜め通り
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2007-03-18 13:29 | Comments(0)


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