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テンポラリー通信

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2007年 02月 01日

雨のち凍(しば)れるー函となって溢れる(47)

そう、雨が降ってその後気温が下がり凍れるように人の思い込みも水が凍るよう
に思考が鋭角的になり他を排除する時がある。一種のファシズムだ。想いに呪縛
される。そんな時にどう柔軟性を保てるか、私はまだ少しもそれ相応ではない。昨
日の雨の後気温が下がり道が凍結している。ペンギン歩きをして画廊に着く。小
樽の詩人高橋秀明さんからメールが届いていた。「詩とは何かー日本海追分ソ
ーランラインの旅」上中下のエッセイである。一昨日夕方久し振りの来訪時伺っ
た一文だった。上はすでに発表済みで中と下は未発表で読んで意見を伺いたい
という事だった。2006年十一月三日に小樽から函館まで日本海沿いに南下す
る追分ソーランラインの旅に発ち江差、上ノ国へと向かう。小樽に生まれ小樽に
育った高橋さんが自らの小樽の為に小樽を離れ小樽を見詰める旅である。私が
暗渠の川界川を見詰め石狩へと向かい石狩からオロロンラインで昨年増毛まで
行ったように彼は小樽から江差へと向かう。この違いは何処からくるのか。自分
の生きている場所を確認するオーバ-フエンスの行為。漁師が生活する海の為
山へ行き木を植えるように表現者は表現の場の為に越境していくのだ。旅の中で
風景に伊藤整を感じ吉田一穂を感じ有島武郎と木田金次郎を感じ三木露風を感
じ、風景と歴史の道に詩人は詩の肉体と呼吸を探求している。途中で何度も呟か
れるように繰り返される<詩とは・・>という問い掛けは例えば<詩はそれ自らだ
。問ひと答へが詩そのものなのだ。>(吉田一穂「メフイスト考」)と呟くように引
用される。小樽で生きる事に深く拘る高橋さんの他を排除する一種の小樽ファ
シズムから脱する柔軟性がこの小さな旅の中で涵養されている。古くから開け
た港町小樽。それに比べれば新しい官のモデル都市のような内陸の札幌。この
ふたつの都市の違いは違いとして私たちはここで生まれこれからもここで生き
ていく。ふたつの都市の二都物語はそれぞれにこれからも紡がれていく。彼の
文を読みながら道南へと南下する高橋秀明と道北へと北上する私の違いは何
故かを考えていた。

*冬の高臣大介展「雪とgla_gla」-4日(日)まで。
 於テンポラリースペース
 札幌市北区北16条西5丁目1-8北大斜め通り

by kakiten | 2007-02-01 12:11 | Comments(0)


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