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テンポラリー通信

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2007年 01月 24日

ネーミングの面白さー函となって溢れる(40)

高臣大介さんの作品は作品そのものもそうだが付けられたネーミングが面白い。
「君は誰かに覗かれている」という作品は入口に四段に吊るされた一輪挿しのタイ
トルだがこれは今回の為の新作で全体に幅広で中央に一つ目のような窪みがあ
り外からも内からも両側から覗いている積りで覗かれているというユーモラスな
作品である。そこに真っ赤なチューリップが挿されている。またショットグラスの新
作「砂漠の夜」は底を上に伏せて置くと蜃気楼のように揺れて見える。定番のロッ
クグラス「燃える男はロック!」少し小ぶりの「燃えろいい女!」は厚手のどっしり
したガラスの質感が心地よい。「ゆらりJr」は初めて見るワイングラスで持ち手の
細長い部分が文字通りS字型にゆらりと曲線で構成されている。手に持っている
だけでもう酔いが回りそうな感じだ。彼の作品は用の物でありながら用を楽しみ
笑い飛ばすユーモアとしっかりした実用性が共存して飽きない。その中でもっと
も非実用性に創られた「ガラスギユウギユウ詰め」という30cm程の高さの瓶の
作品は透明な瓶の中にこれでもかという位吹き込まれたガラスの曲線の筒状の
物が詰まっていて何の実用性もないが見ていて見飽きない。少しオーバーに言
えば俺はまだまだこんなに詰まっているものがある。こんな事で負けられるかみ
たいな勇気を与えてくれる作品だ。作者も愛着があるらしくほとんど非売品に近
い値を敢えて付けている。ただもう2度と造りたくはないとも言っていた。鉄とか銅
とかその内部の密度をもし透明にして目に見えるようにしたらこんな詰まり方をし
ているも知れない。そんな作品である。彼の熱く濃い人柄がそのまま作品になっ
ているようだ。ガラスが透明である事に拘りそのtransparentな器量は高臣大介
そのものかも知れない。透明ではあるがそこを通過することはある変容をみる事
である。異質なものが透明に変容する。光が溜まり変容する。それはまた函の保
つ優れた特質なのだ。水を溜め溢れる。光を留め溢れる。光もまた空気中の水
なのかもしれない。彼の作品には封じ込める権威のBOXや隠し持つ箱の性格は
ない。透明に笑い飛ばすように開かれている。そのギユウギユウ詰めの作品を
吹き抜けの上に置いてある野上裕之さんの椅子の作品の上に今日大介さんが
置く。野上さんのギュウギュウ詰めと大介さんのギュウギュウ詰めが青空と光に
映える。絶妙の取り合わせである。ふたつの素材は異なるが心の”ギュウギュウ
詰め”が声を合わせて笑っている。ギュウギュウのコラボレーシヨン。また、ひとつ
開いたね。野上さん、大介さん。

by kakiten | 2007-01-24 11:49 | Comments(0)


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