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テンポラリー通信

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2007年 01月 13日

追悼集の集まりー函となって溢れる(31)

故村岸宏昭さんの追悼集出刊の為の集まりがあった。お母様の村岸令子さんを
はじめ大学の恩師の北村清彦先生、音楽上の恩師南聡先生外11名ほどが集ま
った。今年の一周忌を目途に方向性が語り合われた。故人は多彩なジャンルで
活動していたのでジャンル毎に担当を決め足跡を収集し持ち寄り整理し編集して
いかなければならない。お母様の村岸さんをトップに定期的に会合を重ねていく
事が申し合わされた。ひとつの方向性とそのスタートが切られたのである。話を
重ねながら22歳の若さで急死した村岸宏昭さんがいかに人に愛され惜しまれて
いたかが随所に感じられた。そしてその事は彼の周りにいかに敵がいなかったか
という美徳と同時に若さゆえの不徳も感じたのである。死者に対し生者はさまざま
な結晶作用をもつ。そこで本人の実体は時に美化され生きている人間の過剰な
想いが投入される。<二十一歳が人生のいちばん美しい時などと決して誰にも言
わせはしない>(ポールニザン)という村岸宏昭である為の追悼集を創る作業はま
だこれから幾つもの困難を超えていかねばならないだろうと思う。話し合いの過程
で11人が11人様の思いのある事が顕われさらに此処に集まっていない多くの人
達やその中にある別の追悼の動きなども伝えられた。それが極端な話グループの
対立のようにすら言う人もいた。故人に敵がいないという事は生きている人間の思
惑が優先する事でもある。それは故人が試行錯誤しながら生きていた若さの証で
もあり仕事の上では今だ未完であった事の証左でもある。ミヒヤイルエンデの「モ
モ」の主人公のようにある志の為には闘わなければならない。敵は必然として顕
われるのである。その過程での突然の事故死なのだ。哀惜の気持ちは深い。しか
しその未完ゆえの曖昧さは時として生き残った者の勝手な思い入れも生むのだ。
本人の苦悩や喜び志と離れた処でそれは増幅されがちになる。それは若すぎた
死の不徳である。村岸宏昭さんが最後まで志した事の本当の姿は多分最後とな
った個展に集約されていて、その遺志をどこまで拾えるかが追悼集の鍵となるだ
ろう。あれもした、これもしたという欠片の集積はプラモデルの仮構性でしかない。
まして人の人生上のディテールはプラモデルの欠片の比ではない。彼の志の骨
格を同時代のものとして私たちは追悼集という形で再構築していかなければなら
ないのだ。その仕事は今を生きる私たちに優れて負荷された仕事であるだろう。
それは全力で生き抜いた死者から生者への心からのエールでもある。

*野上裕之展「NU」-14日(日)まで。

by kakiten | 2007-01-13 12:29 | Comments(0)


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