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テンポラリー通信

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2006年 12月 23日

グラヌールの夕べー函となって溢れる(13)

岡和田直人さんが来る。帯広の実家に居たようだ。個展タイトル「ME・TOO」私も
またという所だろうか。今晩展示。ほどなく野上裕之さんも来る。昨夜遅く小樽に着
き個展準備に入る。東京今城恵子さんから電話。今晩帰京。夕方寄りたいと言う。
相変わらず忙しい人だ。今晩は吉増さんの対話がある。間に合うかしら。そうこう
しているうちグラヌールを出版している石塚純一さんと吉増剛造さんが来る。吉増
さんはここが初めて。玄関のガラス越しに手を振っている。懐かしや、一年ぶりだ
。中に入り、じっくりと12年前の「石狩シーツ」自らの草稿を見ている。字が今とは
違うと言う。さらに奥のカフエに入り以前のスペースから剥して持って来た壁に書
かれた作家のサインを見せる。作家の棚のカタログの後ろにそれはあるのだ。何
故か吉増さんのサインは今まで無く奥さんのマリリアさんが書いていた。今回いい
機会なのでサインをして頂く。これで前のスペースの壁の記録は壁に刻まれ完成
。午後6時グラヌールの夕べ吉増・工藤対話に行く。今城さんは来ないので残念。
会場はほぼ満員。中村達哉さんの舞踏が始っていた。人の後ろで見ずらい。踊る
舞台の設定をもっと考えて欲しかった。対話用の設定は一方向に向いているが彼
の踊りはもっと螺旋形だ。対話が始る。15年ぶりのふたりの対話という事でエール
の交換がある。その辺から津軽の話ロシアの話と繋がって話は進む。今回の対話
の白眉は吉増さんの映像だった。以前お招きを受けた時見たまいまいずの井戸ー
横田基地近くの螺旋状に下りて行く古代の井戸の映像とパリ、エッフエル塔の映像
だ。風景を咀嚼する眼。噛む音まで聞こえてくるようだった。印象的な一言があった
。”ぼくは横田基地の子、その風景の重みをやっと取るようにその下の風景を見る
ことができるようになりました・・・”という言葉だった。風景の玄米を咀嚼する。やっ
ぱりそうだなあと思っていた。工藤氏との対話自体は予測通り津軽の方に拉致さ
れロシアへと越境していった。そうすると吉増さんも奥多摩、横田基地のペースか
ら博学の部分で東北学へとスライドする。でも初めて披露された映像は良かった。
これが救い。終わって乾杯の時しつこく吉増さんに呼ばれる。音頭をとれという事。
ちよっと溜まっていたものがあったので風景の玄米の話と冒頭に津軽人、奥多摩
人でなく私は石狩人としてさっぽろで構築していきたいという事を話した。森鴎外が
遺言でお墓に石見人森林太郎として墓碑銘を指定したように明治の政治経済が国
内の一国グローバリズムを推進していった時敢えて鴎外がインターローカルな石見
人とした視線を意識しての事であった。さっぽろも北海道の各地ももう一度十勝の
国。空知の国、後志の国という文化の個別性に立って工藤氏の津軽、吉増さんの
多摩にあたるものを意識化し自立させないとただお話を伺うだけのサロン的場しか
作れないのだ。それが嫌だった。まあ乾杯の前の話なので思った事の半分も伝わ
ったかどうか分からない。しかしまあ、吉増さんには届いていたようだった。二次会
でもご機嫌だったから。帰りは工藤氏が彼の車で送ってくれた。車中吉増の石狩シ
ーツに呼応する自前の作品が今だもって現れないさっぽろは駄目だというような苦
言を語っていた。

*岡和田直人展「ME・TOO」23,24日am11時ーpm7時於テンポラリースペー
 ス 札幌市北区北16条西5丁目1-8

by kakiten | 2006-12-23 12:45 | Comments(0)


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