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テンポラリー通信

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2006年 12月 15日

内発する場ー函となって溢れる(6)

政治や経済の床屋談義をする気は無い。文化のサロン談義をする気も無い。ネ
ット裏の解説をする気もさらさらない。生きている場から内発する開かれた契機
を問う事が主眼なのだ。今展示している吉増剛造「石狩シーツ」草稿展は’94年
に三ヶ月にわたり石狩望来の山本旅館に滞在し書かれた長編詩の草稿である。
今考えれば凄い拘束である。途中何度か東京へと往復しながらも基本的には
石狩に滞在し一篇の詩の為に全力を傾注したのだ。”もう自分は詩人でないのか
もしれない”と吉増さん自身が二年間のブラジル滞在の後危機を感じていた時だ
った。その全力の場として石狩があった。そしてそこから石狩川を遡りさっぽろを
経て夕張川を遡った。さっぽろを流れる主だった七つの川の内唯一源流に都市
を抱えているのは夕張だけである。それは近代の象徴と云える炭鉱の街なのだ
。夕張川に沿って夕張鉄道が走り江別の本線と繋がり、石狩川の船便外輪船と
繋がる石炭の輸送路でもある。古くは二股峠の徒歩の道そして汽車の道、現代
の自動車道路と3本の道がある。さらに江別から旧石狩川の名残りモエレ沼を
経て石狩河口へと繋がる。このルートには縄文の遺跡、現代の象徴ゴミ処理場
が点々と併存して石炭の産業遺構物、汽車の線路跡と近代と現代と縄文が混在
して濃いのである。言わば近現代とガイアが濃密に存在する北海道ならではの
コンテンポラリーな時間があるのだ。石狩から夕張へ遡行する事で詩人は自分
の故郷福生(ふっさ)とアイヌ語のフッサ(女性の聖なる息、病を癒す風)との言霊
の交流を詩に立ち上げ同時に奥多摩のシルクロードから織姫と炭鉱の女抗夫と
の交錯を近代と地の奥なる声との深い一致のように詩として結晶させる。傑作「大
病院脇に聳え立つ一本の巨樹への手紙」にみられたアイヌ人浅市と天才登山家
大島亮吉の交流「石狩岳より石狩川に沿うて」を下敷きにした展開がここで新た
な拡がりを見せ自分自身の生まれた場の鋭い分析「北村透谷ノート」とも重なっ
てさらに深部で交響しながらこの「石狩シーツ」は生まれたといえる。一昨年五月
に札幌大学の企画でこのルートを逆行する夕張から石狩への旅を吉増さんが経
験した後この「石狩シーツ」は更なる深みを帯びてこの年の12月になされたその
朗読は轟く地鳴りのように変貌したのだった。文化の場というのは何度も深まり
螺旋状に高まるものである。そして決して戸籍や住民登録に矮小化するものでは
ない。内から発する精神の泉の事を指すのだ。2004年の「石狩シーツ」が1994
年の誕生から10年を経て深化していくように今回の展示がまたひとつのきっかけ
として私自身がまた石狩とさっぽろ、夕張を見詰めている。イプツー勇払、江別。
イパルー夕張。ともにアイヌ語で”その入口”を意味する。これも文化の河口とい
えるかもしれない。

*吉増剛造「石狩シーツ」草稿展22日まで。於テンポラリースペース
 北区北16条西5丁目1-8.tel・fax011-737-5503
 E-mail・temporary@marble・ocn・ne・jp
*酒井博史ライブ「刻歌生唱」12月17日午後6時ー1000円

by kakiten | 2006-12-15 12:51 | Comments(0)


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