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テンポラリー通信

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2006年 12月 11日

互いに走る日ー函となって溢れる(2)

一日中雪。自室に篭る。何もしない。一度見た映画をまたTVで見ている。消極。雪
を見ていたほうが良い。ウパシ。ウはお互い、パシは走る。<雪が降っている様子
を窓から見ると天から競走して降りて来ているように見えます。こういう事から雪の
事をアイヌ語で、互いに走っているという意味の「ウパシ」と呼びます。>と萱野茂
さんがいつか教えてくれた。小さく斜めに走る。切れ目無く白いふわふわが続く。灰
色と白。モノクロームの窓。これは積もるわと思い明日は雪跳ねだねと思っていた
。吉増剛造さんから便り来る。国文学別巻「吉増剛造ー黄金の象」年譜誤記訂正
の件伝えた返事。今月22日来札しロシア文学者工藤正廣さんと対談予定という。
’91年に大野一雄さん岡部昌生さんとテンポラリースペースで対談「午後7時の
会話」で纏めて以来だ。もう15年も前のひとつの函がまた溢れる。ただ主題の石
狩が津軽の工藤さんとどこまで関れるか疑問はある。津軽海峡で分かたれた精神
のブラキストンライン、工藤氏には自覚されているかどうか。北大寮生時代同じ寮
生のYが言っていた。夜ロシア語を唱えながら廊下を歩く勉強熱心な奴がいた。そ
れが工藤でその頃からロシア語に熱心な事に感心していたと。後日それはロシア
語ではなく津軽弁で詩を朗読していたのだと最近本人がYに言っていた。濃い津軽
人工藤正廣。でも北海道はまた一味違うのだ。そこを自立させなければならない。
吉増さんと津軽を媒介にして語る事はそれはそれなりの拡がりはあってもそれは
石狩ではない。ここは津軽の出稼ぎ場ではない。此処の雪、ウ=互いに、パシ=
走るが津軽に行き此処で走らないだろう。東北学にいくだろう。函が違う。あめゆじ
ゅとてきてけんじゃは湿った雪。東北の雪。サハリ~ン。カムチャッカ。大野先生が
最後に踊りたかった父なる地。石狩河口から開いた指さす方向は東北ではない。
「午後7時の会話」は’90年代後半吉増さんの長編詩「石狩シーツ」へと開かれた
のだ。絹を織る織り姫と夕張の女坑夫さんの往還。ここにも津軽は無い。今度の
対話にはさっぽろという函がない。ふたりが悪いのではない。設定が私の問題意識
とは違うだけだ。

*対談吉増剛造・大野一雄「<石狩ーカムチャッカ>生と死の舞踏」
 <まさか「石狩の鼻曲がり」のあの舞台全体が、匂いから何から全部生きて、
 引きずって、もっと北へ行かれて、カムチャッカに まで行って、・・・ダイナミック
 な広がりになろうとは思わなかったですね。>(吉増) <私はカムチャッカへ行っ
 て、日本の人、それからロシアの人に踊りをちゃんと見せて、交流をしよう、お互
 いにつながっていく力になりたいと。>(大野)ー1999年「FRONT」8月号 

by kakiten | 2006-12-11 12:52 | Comments(0)


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