テンポラリー通信

kakiten.exblog.jp
ブログトップ
2006年 11月 30日

M以前M以後ー冬のいのり(34)

昨年の今頃前の場所を撤退せざるを得ない法的判決が下された。それから二ヶ
月後私という種子は土壌を求めて地盤地質図をベースに大正昭和の地図それと
一万分の一の現況図の三種類の地図を片手にさっぽろを漂流した。種は土壌を
求めていた。何処でもいい分けではないのだ。その漂流の過程で幾つものさっぽ
ろを見た。この今の斜め通りに至るまで自分のなかで納得していったもの、それ
は必ずしも他者が同じように思うとは限らない。やはり以前の25年の土壌に種を
保つ人もいる。そのふたつのゾーンの境目のように今年7月の藤谷康晴展と村岸
宏昭展がある。そして急逝した村岸さんの存在がその境の一点にある。私にとっ
てはM以前とM以後にこの場の土壌が見えてくるのだ。M以前の象徴的な存在
が10月に急死した石田善彦さんのように思える。石田さんの土壌はやはり深く前
の場所に根ざしていたから彼は勿論個人的な生活の状況もあったろうけれどここ
にもうひとつ根付く事がなかったように思う。これは私の勘のようなものだ。Mの急
逝は石田さんにも大きな心の欠損だったと思える。その事と石田さんの死がすぐ
結びつく訳ではないがある孤独に結びついていた事はその後の話から推察される
。ともに引越しの作業、ここでの立ち上げ作業に汗を流してくれた彼がこの場の土
壌を共に耕すことなく去っていった心の負荷は今も重い。ただその進退極まる一線
に私と石田さんの違いもまた見えるのだ。私が漂流したプロセスを石田さんも共有
していた訳ではない事。従って結果としてふたつの場所の違いが以前を引きずった
まま分離して心の種子は土壌に定着しなかったように思える。その進退の際(きわ
)のようにMの存在がある。M以降の耕された土壌にもう新しい種子が息づいてい
る。M以前の土壌は喪われ其処に根ざした種子は去っていくのだ。変らず繋がる
種子もいる。ギヤラリーという函の土壌にそれぞれの生きる心の種子が敏感に反
応していく。進退極まる一線を人間もまた植物と同じに種子と土壌のように精神の
風土に保っている。時が経ち来なくなった人の事を想い、また新たに出会っている
人の事を思い、そして分析する自分が今いる。ーこれって進退窮まる月末の性か
な。
[PR]

by kakiten | 2006-11-30 13:54 | Comments(5)
Commented by taku 25:00 at 2006-11-30 14:54 x
まったくです。人のことも、私もここ数年は切ない限りですが、土地にもあります。札幌は扇状地ですし、石狩市は合併して細長くなっていますが、そこには、多くの考案的きっかけがあると思っています。 また。
Commented by taku 25:00 at 2006-11-30 14:54 x
まったくです。人のことも、私もここ数年は切ない限りですが、土地にもあります。札幌は扇状地ですし、石狩市は合併して細長くなっていますが、そこには、多くの考案的きっかけがあると思っています。 また。
Commented by kakiten at 2006-11-30 15:19 x
takuさん>ー切ない限りと二回も・・・。お心伝わります。プラハ以降
のお疲れ、体を基本に看護士サンと喧嘩せずイライラせず、体調整え
また一緒になにかやろうよ。
Commented at 2006-11-30 15:28 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by taku 25:00 at 2006-12-01 02:19 x
2回も書き込んで消し方がわからない状態ですいません。人は、切ないこともありますが、prahaは元気ですよ。予定も混雑してますが、来年は望来キャンプも考えています。石狩の合併と、北上への思い。国外からも来たがっているのがいるので、なんか一緒に、、と思いご相談にうかがいます。北上は、冬だから思いつくのでしょうか? プラハ活動体なので元気ですよ。若い娘も2人入るし、当面拠点は、あけぼのになりそうですが、急に引っ越すかもしれません。うちにあった、棚、ライトレールが役にたっていれば幸いです。けっこう居ます、札幌に短期滞在希望者。
地図から読み取りたいです、いろいろ、某社のカムチャッカ本は、全然ダメですけど。 また横浜から呼んでもらっていますが、北上の方が気になっています。


<< 種子と破片ー冬のいのり(35)      異郷からの便りー冬のいのり(33) >>