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テンポラリー通信

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2006年 11月 18日

立つ。ー冬のいのり(23)

昨夜隣のテーラー岩澤さんで酒井博史さんのライブがあった。普段は服の仕立て
屋さんの店内がライブスペースに変ったのだ。岩澤さんご夫妻はもうすっかり酒井
さんの歌のフアンで一度は自分の家でコンサートをしたかったに違いない。日常の
生活の場がふっと自然にそういう空間に変る。いつものお客さんでない人で暖かく
満たされる。投げ銭ライブという事だったが路上ではなく生活者の現場である洋服
屋さんの店内なのだ。奥様が手料理を用意して待っていた。約20人程集まってき
た。いつものように古い曲が酒井さんのもともとの持ち歌のように披露される。声が
少し疲れている。伸びがない。しかしそれも後半になって声を超えたノリが充実して
きた。ふたりばかり飛び入りの半玄人ぽい人が歌って緊張が解けたのかもしれな
い。後半は立って唄いだした。いつも座って蹲り、俯いた感じの彼が立って唄った
のだ。これに岩澤さんが一番驚き喜んでいた。”酒井くん立って唄ってるよ、初めて
だ!”と同意を求めるようにこちらを向いて言う。似合わないぜとすかさず茶々をい
れたが本心は私もちよっと驚いていたのだ。洋服の仕立て一筋五十何年のテーラ
ーさんの歴史の中でも仕事場がライブの場所になったのは今回が初めてと思う。
酒井さんが立って聴衆の中を歩き唄うのも初めてだ。日常がふっといい非日常へ
変る。生きているという事はやはりいい。ここのところ死者の想いに囲まれていた
時間が多かったせいかこの普段の何気ない活き活きとした変化が新鮮だったのだ
。秘色の花ではなく人と場に活きたきらきらした花があったなあ。鬱屈した20代の
最後の月に酒井さんは立ち上がって唄い何かがひとつ吹っ切れたのかもしれない
。ラストのさだまさしの「まほろば」は絶唱だった。拍手は鳴り止まずアンコール
を求めて続いた。これはお世辞ではなかった。そういう場所ではなかったのだ。
ほんの些細な事かもしれないのだ。立つ事、変る事。普段と違う事。そのちよっと
した行為に生きている日常の”素敵”がある。生きている時間が花のようにが輝く。
小さな個の革命。洋服が歌へ。蹲るが立つへ。行為として及ぶ。自分も他者も。
生きるが広がる。日常という普段の場で。私は小さな革命に立ち会っていた。外
へ出ると冬の寒気に今夜の事が出来たての料理のように温かく香っていた。

by kakiten | 2006-11-18 12:34 | Comments(0)


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