人気ブログランキング |

テンポラリー通信

kakiten.exblog.jp
ブログトップ
2006年 11月 15日

孤立有援ー冬のいのり(20)

個展予定のSさんが予定解消でギヤラリーが空いてしまった。その一方で道立近
代美術館を主に「FIX・MIX・MAX!」展が様々な場所で賑やかに催されている。
そのうちのひとつにSさんも参加しているCAI現代芸術研究所で行われている「ま
ぼろし遊園」アーティスト100人展がある。敬愛するsichihukuさん、ガラスの高臣
大介さんも出品している。sichihukuさんは「ピアニカと白樺」という作品で死んだ
M君がテーマと思う。この作品は彼女のブログに何度か取り上げられ以前から
心惹かれるものがあった。しかし一点だけのインパクトは他の99点の量数に薄め
られ眼が散るのである。これでは切り身なのだ。×1がない。100×1の1が無い。
それが無ければただの量数である。個というのは量数ではない。個という1は×1
となって100にも1000にもなる。M君の死に何百人もの弔問客が集まった。そ
れは彼の死があたかもひとつの作品のように人の心を打ったからである。さらに
広い会場の14人の美術館であっても事情は同じだ。14×1が問題なのだ。量数
を目的にしたら×1という個は不在となる。切り身となる。私もかって何百人も参加
したアートイヴェントを企画した事があった。それは見えない暗渠の川界川を主題
に都市の市街区に埋もれた川の再生をアートで表現しようとした企画であった。こ
の時×1は見えない川が主題としてあってそのテーマに多くの人がそれぞれの形
で表現したのである。その主題に地域の住民の人たちもその川の記憶に基づいて
協力し場を提供してくれた。従って参加した人の実数はかっての川の流域の様々
な場所に展示した人数をはるかに超えていたのだ。それはこのイヴェントの主題
が果たした×1の効果である。一部、分野的エゴイズムで美術だ詩の朗唱だとい
うトラブルもあったが概ねは見えない暗渠の川界川にテーマは収斂されていた。
そしてこの後個々のテーマの深まりは個展として川の源流域や河口の海へと場
もまた深まっていく事になる。翻って今行われている「FIX・MIX・MAX!」にはそ
の主題が見えない。若手を動員し若手を育てるのが×1となるのだろうか。そうい
う老若はテーマとなるのだろうか。量数の企画ばかりが目に付くのである。主催者
のひとりの献身的な<種を蒔く>という想いが分からなくもないが先ずその前に種
の土壌にこそ眼を向けるべきと思う。さっぽろを見ないで美術館を見すぎてはいな
いだろうか。そこにある種特権的な”美”術を見てしまうのである。それが集約され
る×1だったらそれは違う。
多くの知人友人も参加しているこのイヴェントに何度も苦言を呈してきた。なにか
孤立無援の気もする。そう思っていたらRスペースのS館長からしおA字ビスケット
10袋の差し入れがあった。さらにMさんからお米五キロのお届けがありM・Mさん
が見え珈琲の差し入れがあった。孤立ではあるが有援である。なにか篭城でもして
いるみたい。

by kakiten | 2006-11-15 12:51 | Comments(0)


<< 一年ぶりの「玄冬」ー冬のいのり...      やせる海ー冬のいのり(19) >>