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テンポラリー通信

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2006年 11月 10日

ムラギシナイトー冬のいのり(16)

昨日の午後村岸宏昭さんのお母さんが訪ねて見えた。初めてお目にかかった。
あの長身の彼からは想像できない小柄で可憐な方だった。私はお葬儀に出席
できなかったのでいちど御参りに行こうと思っていた時だった。私のブログも読ん
でくれているらしく一度ご挨拶にと仰り恐縮した。なにかお互いに話が溜まってい
てどんどん話が進む。一昨日の道新朝刊「街のうた」というコラム欄で<ムラギシ
ナイト>と題して掲載された彼の高校の同級生が主になって催した追悼会の記事
の事。葬儀後もここを訪れてきた多くの人たちの事。それぞれがお互いの報告のよ
うに伝えたい事が次々に出てくるのだった。そうこう話しているとまた表で声がして
親戚の方で村岸さんの個展の時家紋の入った袱紗を持ってきてくれた村岸恵美
さんが見えた。偶然でふたりは顔を合わせて声を上げる。先日お見えになった時
お貸しした及川恒平「緑の蝉」のCDを返しにきたのだった。おふたりが偶然揃った
ので隣のテーラー岩澤さんにも連絡する。岩澤ご夫妻はすぐ飛んできて挨拶もそ
こそこにここでの故人の話が続く。岩澤さんが森美千代さんの撮った多重露光の
故人の写真をお母さんに見せた。吃驚していた。そうか初めてご覧になるんだと
気付き森さんに電話する。ちょうど在宅していて探してすぐ来ると言う。程なく森さ
んも見えまた話が続いた。夕闇も濃くなってきた頃ゴム印を届けに酒井博史さん
が来た。これでまた役者が揃って話の輪が広がる。石田善彦さんと村岸君が一度
だけ焼き鳥屋さんに行った話を村岸恵美さんが覚えていて石田さんの供養にとわ
ざわざ持参してくれた焼き鳥のお土産を開きみんなでご馳走になる。あっ、昼を食
べ損ねていた私がほとんど食べたのが正しい。皆さんがお帰りになったのはもう
午後六時も過ぎていた。最後の方は何を話したのかも忘れたがお母さんが声を
立てて笑っていたのを覚えている。弔問の暗い沈痛な面差しはもう消えていた。
そして最初にお会いした時に間もなく「宏昭は中森さんの事がとても好きだったん
です」と言ってくれたのが少し恥ずかしいけれど嬉しかった。新聞の「ムラギシナイ
ト」の記事で記者の方が最後に書いている。ー「自分を代表させるような仕事はま
だありません」。簡素な記述をホームページに残した村岸さん。人と人を結び付け
る”仕事”は今も続いている。ー。そうだね、村岸さん。あなたの紅葉が続いている
ね。そして精神(こころ)の幹は凛として一本の裸木のように立っているね。

by kakiten | 2006-11-10 12:45 | Comments(0)


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