2006年 11月 03日
円山北町の小さな葬儀場で石田善彦さんの葬儀がひっそりと行われた。見知った 人も何人かいたが急なこともあり石田さんの仕事、交友範囲の広さに比べれば少 ない参列者の数だった。葬儀委員長もいなく葬儀屋さんが職業的に仕切っている 私には寂しく感じる葬儀だった。喪主のお嬢さんがひとり気丈に自分のなかの父を 確認するように挨拶をした。それが印象的だった。葬儀が終わり出る時にジャズピ アニストの田村誠次さんに肩を叩かれた。彼は忍路で菓子工房を立ち上げ今春 独立したばかりである。前のスペースではグランドピアノを彼の自宅から持ち込み 一年ほどライブスペースを共に運営した友人である。彼のヤマハのグランドピアノ があった時こそ石田さんと出会った時期だった。田村さんもまた心に深く想うことが あるのだ。自然と我々は近くの喫茶店で話した後円山北町時代よく行った居酒屋 楽屋へと向かった。途中明るく灯火の漏れる旧中森花器店の前を歩いた。白樺の 木がたっぷりと葉を揺らしている。両脇のマンシヨンに挟まれてやはりそこだけが 深とした存在感のある空間だった。”どうです?やはり・・”と田村さんが呟いた。信 号を渡り地下の楽屋へと入る。久し振りだ。何も変らない笑顔で店主の軍夏〈いさ か〉さん、りつちゃんがいた。”石田さんのことブログ読んでいましたよ”と言う。私は もうここの街から去った人間だが私以外は建物も白樺もみんなそのままでふらりと 来た今日も変らず今何をしているかも知っているように接してくれる。嬉しかったな 。田村さんが話し出した。”石田さんの出版記念会を中森さんの所でした時僕が ラウンドミッドナイトを弾いてそれが石田さんとの出逢いだった。それから石田さん のこの場所への想いを知り僕も本気でここを応援しようと心に決めた”そんなふた りの経緯が初めて語られた。昨日ブログを書いていて気が付いた事が現実になっ た。田村さんと石田さんの友情はあの空間への愛ともいえるものだった。音楽を 通したふたりの友情は同時にあの空間のなかで育まれてもいた。そして様々な事 情で田村さんが去りあの空間から私も去り石田さんの心にきっとぽっかりと淋しい 穴が空いていたのかも知れない。田村さんと彼のピアノがあった時それがきっと石 田さんの輝く時間、音楽青年石田善彦の青春のような時だったのかも知れないと 私は田村さんに語った。田村さんの目が心なしか潤んでいた。生と死それを超えた 次元がきっと在るはずなんだ。今日ここに本当に嬉しそうな顔をして石田さんがい るよ、一緒にビール呑んでるよ。中森と田村がこんなに久し振りで肝胆合い照らし て飲んでるのを目を細めて嬉しそうにしてさあ。僕らは本当にそんな気がしていた のだ。この一夜は間違いなく石田さんがセットしたものだった。音楽に生きようとす る田村誠次。その心根が激しく燃えた空間に石田善彦の音楽への熱い情熱もまた 火を灯していたのだ。そして村岸さん、そんな石田さんの時間にあなたもまた棹さ していたのです。寂しい石田さんの心に今の空間を繋げてくれたのです。図らずも 葬儀の夜再会したジヤズピアニスト田村誠次さんとの話の内に私のなかの石田善 彦は青春の音楽青年として鮮やかに甦ってきたのだった。帰り際石田さんの為に 追悼コンサートをしたいと田村さんがポツリと呟いた。いいね、やりましょう、私は応 えた。 *石田善彦ー早大法学部卒業後、音楽雑誌のライターを経て翻訳家に。日本推理 作家協会会員。訳書に「捕虜収容所の死」「スパイの誇り」新刊「眼を開く」など多 数。代表訳書に「僕はアメリカ人のはずだった」(デイヴィット・ムラ)がある。
by kakiten
| 2006-11-03 13:21
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