テンポラリー通信

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2006年 11月 02日

石田善彦さんのことー冬のいのり(10)

真夏の異郷の川で、初冬の自宅の寝室で、年齢も環境も生きてきた時間も全然
違うふたりがどちらも不意の死を遂げた。しかしこのふたりが一度だけ焼き鳥屋で
酒を酌み交わし音楽の話をした事があった。同席した私には専門的な事で詳しくは
理解できなかったが後日その一人22歳の若い村岸宏昭さんの事をもう一人の石
田善彦さんがひどく感心していたのだ。親子は程も年齢の違うふたりは音楽を通し
て互いに尊敬の念をその時抱きあっていたのだった。翻訳家としてすでに確固たる
仕事を成し遂げていた石田さんはかって「新譜ジャーナル」という音楽雑誌で村上
春樹や筑紫哲也たちと共に音楽批評の最先端に身を置いた人でもある。時に酔う
とギターを片手に唄いその低く響く声で聞くものを圧倒したのだ。三年ほど前の夏
今は東京に居る吉田直樹さんの個展の時石田さんが彼の作品の前で唄ったシー
ンは今も私の脳裏に鮮やかである。その時「芸と食」と題して一週間個展の間日替
わりで料理を提供するイベントも同時にしていて、石田さんは火曜日の担当でスパ
ゲッテイを作ったがこの料理の腕もたいしたものだった。イカスミのスパだったと記
憶する。中国風のお茶から始まり彼流のコースがあった。その時もギター片手に
唄って吉田直樹さんが携帯で録画し後でみんなで見て大笑いをした事があった。
唄いながら途中でカメラに気付き歌の調子が狂うのだ。その時唄っていた歌が暗く
思い入れたっぷりだったのでそのコケ具合が可笑しかった。♪朝が~なぁい、うん
?という感じだった。本人は真面目に真剣だったので笑うと大層気を悪くしていた
が。ドブローのギターに憧れていてその演奏をよく口三味線のようにして弾き語り
をした。これがよかったなあ。あの頃ジャズピアニストの田村誠次さんがグランド
ピアノを店に持ち込んでいて石田さんも青春時代の音楽への情熱があの場所で
甦っていたのかも知れない。今の場所になってから初めて村岸さんと会ってその
片鱗があの晩こぼれたのだろうか。前のスペースではロバートジョンソンやビヨー
ク、ビリーホリデイ、ブルーススプリングステーン、シンデイーローパー、ビリージ
ョエル等「ポップソングを訳す」というカルチヤー講座も開いて彼の音楽への想い
が花開いていた。もし亡くなったふたりがさらに深く交流を深めていたらまた別の
音楽への開かれた空間がここで構築されていたかのかもしれない。しかし彼にと
って翻訳という生業と音楽という青春が前の円山のスペースでは幸せな合流をし
た時間だった気がする。今日その円山北町で葬儀が行われるのも不思議なめぐ
り合わせである。石田さん!村岸さん!想う存分音楽を語り合って下さい!そし
て最後にここでも音楽の友に会えてよかったね、、、石田さん。
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by kakiten | 2006-11-02 13:04 | Comments(0)


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