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テンポラリー通信

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2006年 10月 15日

風が冷たい朝ー冬のいのり(2)

もう自転車に乗って触れる風は冷たい冬の冷気を含んでいる。服装は変らないが
(いつも同じなのでテーラーさんの目が憐れみに満ち)。風も冬の目をしている。小
春日和の日がこの後何回かあって一気に冬が来るだろう。アイヌの人は北の一年
を「冬の年」「夏の年」と数えたと言う。また冬は狩の年で男の年、夏は収穫の年で
女の年とも言ったという。春は夏の始まりで秋は夏の終わり。春秋は夏の一部なの
だ。初めて東京で春を体験した時その長さ、梅,桃、桜という植物の時間の幅に驚
いた事があった。そして冬がいつまでも晩秋の風景で油断していると凄く寒いのだ
った。雪がない。眼に冬がない。その分春は長く感じた。四季という均等な4分割
は本州のあるゾーンの普遍化であって実は地域的な事だとその時気付いた。どっ
ちが主流だとかいう問題ではない。自分の生きている環境もまた相対的な環境で
あってあとは皮膚感覚の問題だ。井上陽水がいくら氷の世界を歌ってもそこにあ
まり寒気は感じられない。しかし及川恒平が氷屋さんと唄うとそこには夏よりも氷
を感ずる。地域差は同時に個別性でもある。まして世界に目を向ければその差と
いうものは人の数だけあるのではないだろうか。性別もある。人種別もある。そして
個別がある。一方でこの差を一気にひとつに均一化するグローバリゼーシヨンの
世界もある。経済や政治の世界にその動きは軸を持つ。反対に文化は個別性に
その軸を持つ。文化は個別性から発して精神の本質にその普遍性を獲得しようと
し、経済と政治は物流を基本に世界に普遍性を求めようとする。北川フラムさんと
川俣正さんがいつか対談でフラムさんは文化の地域からの発信をグローカルと言
い、川俣さんはインターローカルと表現していた。北川さんのグローカルはグロー
バルとローカルの合成語だがこの言葉は一村一品運動みたいであまり好きではな
い。川俣さんのインターローカルの方がまだいいと思った。パブリックアートの代表
選手である北川さんと美術家で九州筑豊でコールマイン田川を地道に積み重ねて
いる川俣さんとの差がこの言葉の発想の違いにも表れていて面白かった。近代の
炭鉱の産業遺構をライフワークに据えている川俣正の地域から世界へと見る目線
には三笠という炭鉱町で生まれた自らの個別性と地域性から発する世界への視線
がある。世界中の炭鉱を結んだ同時多発のプロジェクトを川俣さんは考えていて、
とりあえず自分の出身地から遠い九州からそのスタートをしたのだ。それは1994
年から10年間続く。自分の出身地から遠い九州からスタートしたのは個別性地域
性への依存を断つ為だ。夕張とか三笠美唄からスタートすると地元だし協力は得ら
れるんですけどかえって甘えが出てまずいんですよ。だから誰も知らない筑豊から
スタートするんです。といつか会ったとき語っていた。それは地域性個別性に埋も
れてしまわない為の彼の志の高さに拠るものだ。1983年のテトラハウスプロジェ
クト以来の私達の友情はまた近い将来地域から発して同じ方向を見詰める志の
仕事をする日が近いことを最近感じるのだ。

*内海真治展「ブループラネット」陶板画・ガラス画・オブジェ
 10月22日(日)-31日(火)am11時ーpm7時
 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8
 TELFAX011-737-5503
 E・MAILーtemporary@marble・ocn・ne・jp

by kakiten | 2006-10-15 14:41 | Comments(0)


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