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テンポラリー通信

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2006年 09月 29日

小春日和ー阿部守展(10)

風もなく光溢れる。秋が澄んで深いなあ。資料の整理少しずつ片付けている。作家
の資料がどうにか棚に収まる。昨日中川さんの事で触れた岡部昌生の資料も多い
。来年のイタリアのヴェネツイアビエンナーレ日本館の代表に選ばれたとかこの所
ニユースになっている。’90年代前半は彼と共にテンポラリースペースを創ってき
た。今展示中の阿部守さんもきっかけは岡部氏の紹介だった。その他九州、韓国
の作家たちも彼の紹介だったが今思うとすべて佐佐木方斎さんの主たる現代作家
展で札幌にきた作家たちだった。今こうして原点の佐佐木さんに会っているわけだ
。その岡部氏のことを「美術ノート」№4号(1985年3,4月号)で美術家の岩下碩
通さんが書いている文章がある。<岡部昌生の作品はすでにフロッタージュから
装置へと変化している。彼の関心は、作品の本然性や作品を作品たらしめる錬金
術ではなく、物質による時間・空間の操作・管理にあるのではないかと思わせるほ
どに高度な言説を獲得しつつあるようだ。従って我々は作品を感じたり見たりする
のではなく、読解析するのである><岡部昌生の作品が装置としてシステム化さ
れようとするとき、錬金術からの後退を見せているのではないかと危惧するのであ
る。>すでに20年以上前に今日の岡部昌生をピタリと言い当てているこの文章は
「美術ノート」の優れた記録の成果のひとつに数えられると思う。無名の路上や何
の変哲のもない壁をひたすら擦って記録していた労働の総体のような岡部の作品
はいつのまにか有名な場処著名な人を対象とするようになってきた。そして<読解
折>を強いられるのである。曰くヒロシマ、アウシュビッツ、ユウバリ、ビッキ、イチハ
ラと。さらに展示のデザイン化が進みまさに<装置としてシステム化>が定着して
いくのだ。越後妻有の大地の芸術祭では東北の風の神さぶろうさまを登場させ
北海道の札幌ドームではアートグローブ(芸術の木立ち)にアイヌの風の神レラ
カムイを登場させる。このタイトル自体はアイヌの人たちの反発から撤去されたが
要は場所に応じた装置のひとつに過ぎなかった事実である。<読解析>なのであ
る。昨日中川さんの事で書いた<名もなく貧しく美しく>の反対が<名もあり豊か
に美しく>だとすれば岡部氏がそうだとまでは言わないがまた、世の叶姉妹やエ
メルダ夫人の靴やファッシヨンと同一とは勿論思わないが<高度の言説>と<低
度の言説>の違いはあれ、さらなる有名な高名な装置としてヴェネチアビエンナー
レの舞台が有る事は間違いない。そこでは本当の意味で岡部昌生が試練として試
され作家として試されるだろう。もう後はないのである。私は古い友人の一人として
これからの一年間をじっと見ていくつもりだ。

*阿部守展30日までam11時ーpm7時
*酒井博史ライブ10月4日(水)pm7時~1000円「刻歌誓唱」
*及川恒平ライブ10月8日(日)pm4時~3000円「夏のひかり秋のはなし」

by kakiten | 2006-09-29 13:33 | Comments(0)


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