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テンポラリー通信

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2006年 09月 26日

現場の感覚ー秋のはなし(16)

たとえそれが20年以上前の事だろうとつい1ヶ月前の事だろうと現場の感覚に
おいてはそれらは同時的な存在としてある。つまり今の問題なのだ。定点は現
在にある。新旧という尺度ではない。モダーンとクラシックでもない。年齢の老若
でもない。前回と前々回に書いた事の反応が届いた。<今回の「美術ノート」の
紹介と合わせて「現代」を書き切ることは、早い時期に断念していました><「
あえて定点的に」、’80年代特有の息吹をおさえたつもりです。>そして<「(佐
佐木方斎さん)の’80年代に現在に続く今がある」とは、間単に言い切れないよ
うに思えてきたのです。むしろ「’80年代から現在につながらなかったものは何
か」を考えるべきです。>そしてインタビユーした人たちも<佐佐木さんの仕事
をきちんと評価していたことに感じ入りました。もし今、彼らが佐佐木さんの志
と離れた所で仕事をしているというなら、その時代に並走したことさえ否定するの
ではないでしょうか?実際には、彼らの誰ひとりとして、あの時代を否定しません
でした。>現在を定点としないで断念し、あの時代と設定すれば現在につながら
なかったものは何かと問うまでもない。今を避け昔を語るのであれば誰もあの時
代を否定するはずがない。自明の事だ。また’80年代生れの若い作家たちに対
して<彼らが現代に生きて、現代美術を志しているなら、80年代を安易にたたえ
るなよ。私はそう思います。なぜなら、先代たちの仕事に敬意を払いながらも、そ
れを否定して新しいものを創造していくのがアーテイストだと思うからです。>昔を
<安易にたたえ>たり<先代たちのしごと>になったりしたらそれはもう初めから
ヤングとオールドの若い人でここにも今という現場の感覚がないのだ。新旧の
二元論で同時代という現代の軸を履き違えているのではないだろうか。20年も
前の資料だけを並べた訳ではない。同時に今年6月の新作も展示したのである。
トータルで佐佐木方斎展だったのである。その上で現在を問うたのだ。

by kakiten | 2006-09-26 18:07 | Comments(0)


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