個展の初日、午後過ぎて静かに人が主役の1日が始った。私たち婚約しましたと
ハイテンシヨンで真面目な顔して冗談を言いながら翻訳家の石田善彦さんとAさん
が入って来た。石田さんは彼女を連れて来た事に興奮気味でもうすっかり自分の
世界に入って喋りまくった。少し躁状態だった。それは帰るまで変らなかった。
そのうち京都の増田旗男さんが来た。藤谷康晴さんも来る。美術家の花田和治さ
んが来る。森美千代さんが果物を持って来た。もうこの頃は初対面の枠が外れ話
の輪があちこちに飛び火しだした。夕刻も過ぎる頃この第一陣が去り、大家さんの
岩澤さんご夫妻が料理を運んでくれ、中川潤さん丸島均さんご夫妻田中綾さん等
が主役になる。隣の理髪店の主人も見えた。少し遅れて酒井博史さんが来る。丸
島さんは彼に会うのは初めてだったがこのブログで読んでいてすぐ親しくなった。
というかその後酒井さんの歌が始るともう膝を乗り出して聞き惚れていた。この日
も酒井さんの歌は冴えていた。阿部さんの作品を囲みながら彼の声はさらに作品
を包み聞く人の心にある想いへと導いていく。それは場所が保つ情念ーパトスのな
せるものだったのだろう。雫となって落ちる水が一瞬じゅっと音立てて消える。歌声
が響く。阿部さんの作品が創ったこの場のトポスとこの空間が培ったトポスが合体
するように濃い情念ーパトスが人を解放していく。その一種非日常の世界で人は霊
的なハンターのようになる。特に女性はすーっと入っていく。<M君が成仏していっ
たわ今日本当にそうなったわ>と岩澤さんの奥さんの雅子さんが言い出した。阿
部さん本人には直接関係ない話がここの場のトポスと作品が結びついて情念ーパ
トスの場となるのだ。作品がその装置ともなつてくる。日常の奥に仕舞われようとす
るパトスがまた噴火してくるのだ。人が人を想う一番人間が人間らしいナイーブな
柔らかい心が素直に顕われて露出してくるのだ。この場のまだ癒されていない記
憶が阿部さんの作品を媒介として溢れるのだった。それは作品が保つ個人の意志
とは関りなく保つある包容力、ある開放装置のような効能でもあるのだろう。3日前
に九州から来たばかりの阿部さんにとってM君の事は未知の事だったが彼もまた
素直に自分の作品がもたらした場(パトス)と情念(トポス)の合体を喜んでいたの
だった。いわゆる美術界の人は主役ではなく、ここの場を創ってきた人たちが主役
の、人を想い、人を悼み、涙し、笑う、祀りの時間が深く開いていた。こんな初日は
初めてだなあと阿部さんが呟いた。そして凹みのある大きな円盤状の黒く漆の塗ら
れた水滴の落ちていない方にさっぽろの水を入れる事を提案した。凸と凹の合体
する大きな麦藁帽子のようなふたつの作品はこうして水を受け水を満たし、儀式の
ように展示が完成した。
*阿部守展16日(土)―30日(土)am11時-pm7時(月曜休廊)