夏はもう透明な秋の入り口を用意している。風の気配が告げる昨日今日だ。その
青空の繁みを一点の冥となって若い天馬が疾走り去った。また蒼空の冥い繁み
からもう1頭の天馬が疾駆し来た。その二頭の天馬が激しく交差するように今年
の夏があった。激しく交差し稲妻のように一瞬浮かび上がった天地に、開かれた
同時代の光る地平があったのかもしれない。そんな神話を残すようしてに8月が
終わろうとしている。佐佐木方斎展の延長を決断した今週の始まりにふとそんな
感慨めいたものが浮かんでくる。’90年代に入り表舞台から消えてしまったような
佐佐木方斎さんのこの10何年間が病床の現実があったにせよ今私にはいちば
ん近い存在として在る。フットワークの違い、カテゴリーの相違、資質の相違、そ
の外多くの面で生き方も相違しながら外に向かって<いつも開いていたい>とい
う一点に於いて私は今彼の感性のボールのキヤッチャーをする事ができる。ネッ
ト裏で直に球を受けない解説ではなく直に球を受け止めている現場のキヤッチャ
ーとして。受けて投げるのだ。延長の会期は同時に投げ返す時間の会期ともなっ
ていく。そして現在というホームベースを間に置いて時代の内外野を見据えていく
。そこに登場するだろう感性の打者とともに。
*’80年代の軸心佐佐木方斎展近作「格子群」を中心にー9月10日(日)まで
am11時ーpm7時(月曜休廊)