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テンポラリー通信

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2020年 10月 25日

風立つ晩秋ー木は水を運んでいる(11)

<運んでいる>という言葉と両脚が宙に浮いたようなムラ
ギシの唯一遺された油彩画を死して15回目の夏に<追伸>
として捉え、世代も故郷も異なる三人の作品で応えてみた。
コロナ禍の現在が、グローバル化という物流回路に乗って
人間が新型コロナウイールスを世界中に運んでいる現在を
見詰めてみた。
グローバル物流回路が人間も運び、人はコロナを運んでいる。
空に、海に、陸に、街に人間は運ばれ、人はウイルスを運ぶ。
物流インフラの物資に限りなく近づいた存在として在った。
ソシアルデイスタンスとは、人と人の間の距離ではない。
動く物に近い、言わば車の車間距離のようにある。
人間本来の精神性から生まれる距離とは、古言にある
<親しきなかにも、礼儀あり>という距離が本来だ。
二本足で<立つ>という人間の人間たる原点が、<運ぶ>
文明インフラに取って代わられ四足ならぬ四輪のような今を
垣間見たと再認識したのだ。
<立つ>という二本脚・踵の縦軸は、<運ぶ>という手足爪先
の横軸の新しさ・速さの物流価値観に拠って遠くなりつつある。

今回ムラギシへの<追伸>として顕わした三人の作家作品。
80歳台に制作された一原有徳作品。
1980年代20歳台に制作された佐佐木方斎作品。
2009年沖縄で独り制作し続けていた豊平ヨシオ作品。
この三人の縦軸・横軸作品を10代後半に描かれたムラギシの
油彩「膝を抱え蹲る」の痩せた指・両脚を囲繞するように配置した。
この時、世代も生まれた風土も異なり、生前交流もない4人の作品
たちが、それぞれ雄弁に何かを語りあっていた気が、私にはする。
それは<運ぶ>に比するそれぞれの生の軸足・縦軸の深度から
湧き出た呟きだった。
私の遅れた夏は終わった。

*紺屋 纏祝堂個展「上空ノ水面(じょうくうのみなも」ー10月27日
(火)~11月1日(土)am11時ーpm7時

 テンポラリ―スペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-ー737-5503






by kakiten | 2020-10-25 15:25 | Comments(0)


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