2006年8月村岸宏昭が四国高知県の鏡川で遭難死した
翌年追悼展「村岸宏昭の記録」展があった。
その時初めて出現したのが、高校時代の親友原隆太君が
持参した今回のテーマとなった油彩画である。
今日「追伸ー15回目の夏・ムラギシ」展最終日、高校
時代の彼の美術の教師、斎藤周さんが奥さんと7ヵ月の
お子さん在伽ちゃんを抱いて来てくれた。
嬉しかった。
話している内に先日倶知安ニセコで写真雑誌を出版している
写真家の渡辺洋一さんの名が出てきた。
熊谷榧さんの冬の登山の絵画が、新たに展示していた事が
話の切っ掛けだった。
冬山を多く撮っている渡辺さんは、冬山を山スキー履いて
登る山岳画家熊谷榧さんを東京の熊谷守一美術館に訪ね、著書
「北海道の山を滑る」に掲載されている奥手稲山登山の絵画
に魅かれ撮影を申し込んだところ、札幌の私の所に寄贈した
と告げられ先日ここに尋ねて来られたのだ。
その為一時的にその絵画を会場で広げたのだが、その時鏡面
ステンレス三点の一原有徳さんの作品前に置いたところ、渡辺さん
は、吃驚仰天し、興奮して話した。
実はこの後小樽美術館に行き、一原さんの作品も撮影しようと
予定していたと言うのだ。
もうここで充分用が足りてしまう・・・。
それから奥の談話室で話し込み、彼の写真作品集も見せて頂いたが
冬の山の樹木、一本々々がその幹・枝・梢と撮られていて、私が
好きな樹木たちばかりで吃驚した。
一原有徳さんも画家と同時に優れた登山家としての実績で有名な
方で、なにか一原さんが榧さんの絵画を招いた気がした。
実はこの絵画には私も描かれていて、中川潤さん、川口淳さんと共に
3人の男が山スキーで発寒川沿いに奥手稲山を目指している絵なのだ。
人間の縦軸の基底は二歩足で立つ事にある。
二本足だけでは立てない雪山をシールを付けたスキーで登る。
村岸君の膝小僧を抱いた下半身だけの作品には、地に立つものが
見えない。
最後の個展「木は水を運んでいる」でも、倒木を切り会場中央に
吊られた幹には、根も枝も梢も無い。
その吊られた幹を見る人は抱いて、木肌に仕込まれたかってこの樹が立
っていた場の川音・風を聞くというインスタレーション作品だったのだ。
この構図は膝小僧を抱いている油彩画と同じ構図だ。
しかし相違するのは、背景に社会的不安・絶望が垣間見える油彩画と
白樺を透して自然と幹を抱く人が自分に繋がる視座の違いと思えた。
そしてここに山を通して一原作品と熊谷榧作品が繋がる奇跡が生まれた
気がする。
熊谷作品は冬山を登る両脚・全身を透して、ムラギシの孤独な膝小僧を
抱く両脚に発寒川源流域を登る山スキーの両脚が呼応している。
最終日ムラギシの高校時代の恩師斎藤周さんも初子を抱いて奥さんととも
に訪ねて来てくれた。
作品は人を運び、作品は作品を運ぶ・・・。
15回目の夏遅く、初秋の気配漂う今日。
ムラギシへの<追伸>の応えを少しはやり遂げた気がする・・・。
*花人・花や展ー10月16日(金)ー18日〈日)
*紺屋纏祝「上空ノ水面(みなも)」ー10月27日(火)-11月1(日)
テンポラリ―スペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
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