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テンポラリー通信

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2020年 08月 23日

さらば、鯉江良二、安斎重男・・・「木は水を運んでいる」(2)

今月8日鯉江良二、13日安斎重男と相次いで訃報が届く。
一つの時代、共に伴走してくれた優れた表現者だった。
鯉江さんは、1989年円山時代の「界川游行」まで。
安斎さんは、1983年の川俣正テトラハウスプロジェクト以来
1989年第一次テンポラリ―スペース開廊最初の鯉江良二展カ
タログ記録写真まで。
濃い札幌、熱いテンポラリー時代を疾走したと思う。

鯉江さんは、私が父、祖父の遺した家業を継ぎ、ひとりで
色んな地方の陶芸家を尋ね歩いた頃、常滑の南山陶苑の
富本さんに紹介された。
まだ無名の時代で、訪ねた自宅の障子の紙が破れてぼろぼろ
だった記憶がある。
その後私が父・祖父が亡くなった都心を捨て、郊外の円山北町
に転じ2階を器のギャラリーとして開設し、その最初の展示が
鯉江さんを含む常滑5人展だった。
この時鯉江さんは展示に来てくれ、円山の私の自宅に滞在し、
この時部屋に飾ってあった岡部昌生の赤のフロッタージュに
興味を抱いていた。
これが切っ掛けで数年後鯉江―岡部の二人展が始まる。
当時近くにあった倉庫を借りて実現したルフト626でのふたり
展は、今や伝説の名展だったと思う。
その前後だったか、当時札幌の近代美術館にいた正木基氏が企画し
一軒の民家をまるごと梱包するインスタレーションの話がきた。
それが当時芸大大学院院生だった川俣正で、この企画はテトラハウス
326となって結実する。
この時東京から記録を撮りに来札したのが、安斎重男だった。
この時の記録ドキュメントは、2冊に纏められ後に川俣正の海外
でのデビユーに大きく貢献したと聞く。
ルフト626もテトラハウス326も、数字はみな条・丁目を
現す数字だ。
当時の私の店は北4条西27丁目だったから、この近隣の建物を
借りて試みたものだ。
テトラとは三角形の角地に建っていた一軒家、ルフトとは倉庫の
事である。
その後のふたりの活躍は諸氏が知る通りだ。

近来のコロナ現象で、人はコロナを運んでいると感じ、ムラギシの
最後の個展「木は水を運んでいる」という有機的な世界との回路を
ムラギシ追伸と感じ、佐々木方斎、豊平ヨシオ、一原有徳の作品で
ムラギシの作品を囲繞するように展示したが、今回のふたりの訃報を
会期中に知り、革めて「人は作品を運び、作品は人を運んでいる」と
感受している・・のだ。

*「追伸・15回目の夏ームラギシ」展ー9月13日まで。
 月曜定休;水・金休廊
 今回の展示は9月中旬まで延長いたします。
 水・金は、今通院治療中で午後2時以降滞廊できず申し訳ありません・・。

 テンポラリ―スペースー札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-ー737-5503







by kakiten | 2020-08-23 13:00 | Comments(0)


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