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テンポラリー通信

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2006年 08月 19日

トリックスターとしてのアートー界を生きる(50)

河田雅文さんが来て中川潤さんが来る。中川さんは二風谷で「北大生死亡」のニユ
ースを聞いて直感的に村岸さんだと思ったという。自然児で野性の人の勘である。
村岸さんの演奏を五月うっとりと恍惚として最初から最後まで聞いていたのは中川
さんだった。小牧さんの名撮影でそのシーンが残っている。村岸さんも嬉しかったら
しく個展の最後のコンサートの時も中川さんの来るまで待とうかと言っていた。その
うち利尻から帰ってきたと言ってbooxboxの田原ヒロアキさんが来た。彼は今ネッ
ト書店を開いていてテンポラリースペースで出した吉増剛造の「午後七時の会話」
を取りに来たのだった。それからしばし利尻山の話で登山道の荒廃、海の荒廃の
話題となった。そこへ石狩のカピバラカフエの村上未央さんがひよっこり顔をだす。
今日は休みで村岸さんの追悼に寄ったと言う。奥から顔を出した田原さんを見て
ちよっとギョッとした顔をする。後刻田原さんが帰った後村岸さんかと一瞬思ったと
言う。実は私も田原さんが来た時髪を切って短くなった頭もありそんな印象を声に
していたのだ。田原さんも利尻の網元漁師の血縁で今回利尻の実家に帰ってきた
ばかりでなにかそういう顔つきになっていたのだろうか。村岸さんも会期中そういう
顔になっていた。漁師の顔ってあるんだなあ。それから詩人の室本敬さんが来た。
ペンネームが界ゴッホという。最近ふたり死んだよ、どっちも北大だ、灰谷慶三と
学生だと言ってあたふたと最近の著書と詩を置いて帰っていった。なんだかんだ
といってもまだまだ追悼の岸辺が続くなあ。みんなが帰った後未央さんとワインを
あけ飲んだ。自然と村岸さんの話にまたなり、仕掛けとしての美術的センスの勘が
よく、ある意味でトリックスターだなあという話になった。白樺もそこに装着した川の
音も一種の装置、仕掛けなのである。今回の劇的な事故二十二才という若さそれ
らが個展の仕掛けの延長で残された我々はどうしても一体化して思ってしまう。
そこがやばいなあと思うのだ。作家として次の仕事を見てみたかった。本人自身が
仕掛けの素材になってしまった今それは望んでも不可能となってしまった。切断さ
れた倒木の幻そこに仕掛けられた数々の装置それをインスタレーシヨンと言おうと
何と言おとそれは人の感性の生む幻の装置であって村岸さんは冷静に計算し設
置したものなのだ。芸術家というのはある意味で高度のペテン師トリックスターで
ある。今は村岸さんの肉体の死と虚構としての作品のコンセプト白樺に象徴される
死を混同してはならないと思う。そんな話をしていると京都の橘内光則さんが久野
さん川原さん阿部ナナさん他とどどっと乗り込んで来た。橘内さんとは一年ぶりで
また村岸さんの追悼の輪が出来た。みんなそれぞれの村岸宏昭がいる。それらが
いつかひとつの像を結ぶ。その時まで村岸さん、俺はみんなのあんたと付き合うぜ
。内なる村岸という白樺の復元できない悲しみからもうひとつの精神の白樺に再生
するまで。君が会期中<いいですね>と言っていたー春のにおい、夏のひかり、
秋のはなし、冬のいのりー(及川恒平)という時間を重ねながらだろうけれど。

*'80年代の軸心佐佐木方斎展ー近作「格子群」を中心に
  27日(日)まで

by kakiten | 2006-08-19 12:42 | Comments(0)


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