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テンポラリー通信

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2020年 03月 19日

風景を織るー荒地(15)

秋元さなえ展が始まった。
3日間展示作業を翌朝まで続け、細かな展示ディテールを
調整していた。
その成果が会場全体にぴーんと活きている。
1m60cm☓45㎝程の横長の麦畑の絵画3点と吹き抜けを
抜ける麦の織物が呼応し、心地良い空間を保ち象っている。
朝・昼・夕・夜。
光りが麦穂・茎から煌めきを惹き出す。
稲と並ぶ人類の主食のこの植物。
我々は何時の間にか、粉・粒に加工されたライス・パン粉と
してしか見えなくなった。
そして本質的な故里の風景を喪失しつつ、今を生きている。
タワー構造のような大都市圏に吸い込まれず、自分の故里の風土
・歴史・地形に常に拘りながら造形化し、描き続けて来た秋元さ
なえの精進が、風景を編む・織る豊かな作品となって展開されて
いて、<里>はその<故(ゆえ)>を再生されて在る。
それは秋元自身の作家としての<故里>の再生でもあるだろう。
個としての、小さなしかし深い継続・努力が彼女の里(ランド)
を拓いたのだ。
便利・快適・安全神話の社会インフラ人工環境に慣れ切った我々
は自然の恵み・畏れを忘れ、先人が築いた里山・里海という自然
との共生界(さかい)を失念し続けている。
自然は人間の為のインフラではない。
地球生命トータルの環境なのだ。
今人間社会を覆っている新型コロナというウイルスもまた
ミクロの地球生命である。
開催が危ぶまれている東京オリンピック。
過去3度の戦争に拠る中止があり、ヒットラー・ドイツの
政治利用があり、モスクワ開催ボイコットもあった。
新型コロナに負けずに東京開催を、という希望は分かるが
先ずオリンピック自体が戦争を否定し人間社会の平和を
願うものであり、自然生命との戦いに拠り産まれたもの
では本質的にないのだ。
ウイルスに勝つという命題が先行し議論される風潮があるが、
本来恥ずべきは戦争に拠る中止が三度もあったという歴史の
方ではないのか。
政治・経済主体という人間社会の自然に対するある種の傲慢
不遜が背後に在るような気がする。

秋元さなえが試みた故里の風土を織る行為表現は、本質的な
意味で今、自然との共生世界の再生を願う優れたメッセージ
に溢れていると私は思う。

*秋元さなえ展ー3月17日〈火)-22日(日)
 am12時ーpm7時

 テンポラリ―スペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503




by kakiten | 2020-03-19 18:43 | Comments(0)


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