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テンポラリー通信

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2019年 11月 09日

喪った森・一本の樹ー荒地(3)

木を見て森を見ず、という言葉がある。
今の季節一本の裸樹の立ち様を見ていると、この言葉が
反語のように思えてくる。
森を見て木を見ず、である。
多くの木の集まる森の大きさに囚われて、個々の樹の保つ
立ち方・生き様を感じられなくなったら可笑しい、と思う。
政治や経済という社会的インフラの側に立つ価値観には
俯瞰体として森を見るような価値観があるだろう。
一方文化や福祉の側から見れば、一本の樹のような個の
価値観が重要な筈だ。
昨今の社会情勢は、明らかに多数体・集合体である森に
依拠した価値観が支配的である。

葉が衣装のように色彩を変え、やがて裸木となって立っている。
個々の樹の立ち姿が、それぞれ個性的で厳しく美しい生命の裸形
を見せてくれる。
公園の片隅の美しい一本の裸樹に、私は喪われた森を感じた。
オリンピックをはじめ、ビエンナーレ、トリエンナーレと
国際的な大きな森のような催事が盛んであるが、元を正せば
個々の作家、競技者がのあつての祭り・集合体なのだ。
一本の樹の立ち姿・生き様を抜きにして、森はない。

芸術の秋、という季節柄、多くのフライヤー他印刷物が送られてくる。
このDМは最終的にひとりの個のもとに発送され手渡される。
何百、何千、何万枚刷られようと、最終的にはたったひとりの手に
届ける為である。
演技する者、競技する者、描く者、創る者、発するのも個である。
集合する森のような大きさ・広さに囚われて、個の心の裸魂・裸木
を見失ってはならない筈だ。
東京・札幌オリンピック騒動、各種国際芸術祭等の喧騒に、森を無
くしたたったひとりの裸木に心寄せて想う。


 テンポラリ―スペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503



by kakiten | 2019-11-09 17:19 | Comments(0)


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