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2019年 08月 04日

体制としての近代ー大野一雄の戦後(11)

1929年大野一雄23歳、帝国劇場で初めてラ・アルヘンチーナ
を観に行き強烈な感動を受ける。
戦前昭和モダニズムの最後に近い時代・大野一雄舞踏の源流。
その源流は国粋化・戦争で踏みにじられ、流れはショートカット
され暗渠と化す。
大野一雄にとって敗戦後の近代化とは何だったのか。
明治以降の近代化・西洋化・欧米化の流れは、敗戦後米国の占領下
で米国化・民主主義が主流の近代化が進んだ。
今ある現在の社会的下地が、体制インフラとして整えられたのだ。

そこでふっと思い出した言葉がある。
三公社五現業である。
内容はもう不確かなので、古い辞書で調べる。

三公社ー国有鉄道・電信電話公社・タバコ・塩専売公社
五現業ー郵政・国有林野・印刷・造幣・アルコール。

今はほとんどが民営化された国家事業である。
そして官の体質を今も色濃く残す企業体だ。
こうして観ると、官の時代よりも民の時代の今の方が、より
官の体質が濃くなっている気もする。
最近の簡易保険不法勧誘問題を見ても、そうだ。
公社の<公>意識がお上(かみ)の目線で、パブリックという
<公>ではないままの気がするからだ。
アメリカが民主主義・デモクラシーとして植え付けようとした
公概念は、民を基底とする公(おおやけ)だった筈だ。
生活の基底を為す三公社五現業の公的位置は、民営化される前
の方がまだ社会奉仕的存在だった気がする。
民営化とはある面でアメリカ化・物流至上化であり、公から
民間企業の利益追求の現在として今がある。
新幹線・リニアカーに奔走し、JRタワーに象徴される国鉄に
それが顕著だ。
電信電話公社もまた然りである。
戦後の近代化とは、アメリカ化に象徴される近代でもある。
多国籍国家体であるアメリカは、ネーションという一民族を
主体とする国家ではなく、多国籍民族のランドとして成立し
ている経緯がある。
従ってその理念は、自由平等の民主主義が基底にあり、食物で
いえば、缶詰・トースト文化なのだ。
イギリスパン、フランスパン、ドイツパンのような民族個性は
薄く、平等なカット、トーストパンのような均一性が本質に在る。
アメリカンドリームが一攫千金であるように、多数決原理の普遍
風土が建国時から基底にある。
米国型民主主義とは、文化の保つ民族固有の個性とは合致しない。

大野一雄はそうした戦後文化の中で、日本固有の歌舞伎の伝統
女形・衣装の早変わり等の伝統文化を継ぎつつ、ダンスならぬ
独自の舞踏を創りだしてきた。
インフラとしての国家社会を通底し、宇宙・地球自然の地平に
立脚した生と死を往還する舞踏を続けていた。
グローバルという米国型物流の国際化ではなく、インターナショ
ナル、インターローカルな国際化を試みたと私は思う。
人類という人間に届く、公(おおやけ)の為の舞い・舞踏。
故郷函館で生まれ得た大野一雄の近代モダニズムは、エルヴィス
の唄・詞・曲を掴み大野自身のアメリカ・ランドを彼の戦った米国
から解放したと思える。

2010年6月死去した百三歳大野一雄は、その一年後の3月11日
東日本大震災、未曽有の災害を起こした原子力発電所事故をどう思
っただろう。
1945年8月破壊と廃墟の原子力・爆弾。
2011年3月人が消え無人の町を生んだ原子力・発電事故。
鬼畜米英の旗の下、平和利用の名の下、原子力による破壊。
戦後近代も破壊の形を変えた戦争、効率という名のショートカット
固有文化の暗渠化が露わになったのではないのか。
大野一雄の歩んだふたつの近代を、私たちは如何に受け継ぎ生きて
行くか、それは今も問われ続けている。


*追悼・大野一雄展ー8月18日まで。
*斎藤周展ー8月23日(金)-9月1日(日)

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 tel/fax011-737-5503





by kakiten | 2019-08-04 16:56 | Comments(0)


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