人気ブログランキング |

テンポラリー通信

kakiten.exblog.jp
ブログトップ
2019年 07月 11日

近代・百年の根ー大野一雄の戦後(8)

大野一雄百三歳の一生。
明治9年(1906年)10月27日函館市弁天町に生まれる。

一雄の忘れられない母・緑の手料理は、バターの香りのする
コキーユ(ホタテ貝柱のグラタン)だった。

と、「大野一雄百年の年譜」(フイルムアート社)に記されている。
そのように、函館は日本近代と共に育ったモダーンな港街だった。
大野一雄の近代とは、この母の作る手料理コキーユからすでに
体内化してあったのではないだろうか。
その近代の萌芽は、その後23歳の時帝国劇場で見たラ・アル
ヘンチーナの舞踏に強烈な感動を受けて発芽する。
日体大卒業後、横浜のミッションスクール関東学院に就職し
キリスト教の洗礼を受ける。
函館から横浜へ。
日本の開国と同時に開かれた近代を具現化したふたつの港街。
関西の神戸とともに、外人墓地があり、キリスト教会、ハリスト
ス正教会が建つ街だ。
大野一雄のモダニズム・近代の根は、こうした環境によっても
育てられたのだろう。
この時代近代化とは、西洋=欧米というコアが根を為し、そこで
ラ・アルヘンチーナの舞踏世界との出会いは、大野一雄にとって
決定的な人生上の志路となった。

人間は環境の動物である。
明治以降近代化の土壌で育ったモダニズムの根は、昭和に入り
1935年以降、日・独・伊の国粋主義の暗渠に埋もれその根は
国粋主義の排他的戦争・鬼畜米英へと呑み込まれた。
人間には大きくふたつの環境がある。
国家・社会という時代環境。
命として地球に存在する宇宙・地球環境。
このふたつの大きく人間を取り巻く環境で、個として大野一雄は
宇宙・地球環境に根を置く、生命の土壌に表現の場を見出した。
戦友の死、その多くの死者の魂を帰国途上、海中の水母の群れに
見た時、大野一雄のモダニズムは、人間以外の生命の生きる地球
・宇宙を環境・土壌として、再び舞踏の世界で深呼吸し生き返っ
たのだと私は思う。
戦後、国家・社会の環境は米国民主主義で装われ、発達した多彩な
社会インフラで死の影を消したかに見えるが、原子力爆弾を原子力
発電と言い換え、訪れたかに見える平和と安全は、真に命の環境、
宇宙・地球の土壌に根差す根となっているのだろうか。

大野一雄の舞踏には、宇宙・地球・生命の土壌に根差した真のモダ
ニズムが生きている。
”私がいつも想っている、命の根源に還って、という風景がここに
はあります・・・。”と、語った石狩河口公演終了後の挨拶。
その後稽古場でいつも流したというエルヴィスの「愛さずにはいら
れない」。
国家・社会を超え、宇宙・地球。生命に根差した大野一雄の本当の
近代の終わりと始まりが、この時あったように私には思える。

*「追悼・大野一雄の近代」展ー8月28日まで。
 am12時ーpm7時:月曜定休:水・金曜日午後3時閉廊。

 テンポラリ―スペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503







by kakiten | 2019-07-11 17:32 | Comments(0)


<< 石狩・カムチャッカー大野一雄の...      境(さかい)から界(さかい)-... >>