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2019年 07月 06日

境(さかい)から界(さかい)-大野一雄の戦後(7)

ある時心に沁みた一滴の感動。
それは小さな流れとなり、感動の共感はさらなる流れを生み
生きる領域を結ぶ交感の流れとなる。
大野一雄にとってのエルヴィスは、かって国家間の戦争に拠り
隔てられていた父・子の10年の溝も繋いだと私は思う。
  
 私は十歳の時に初めて父親に会ったんですよ。写真の中でしか
 見ていなかったんですね。初めて会ったときに不思議な人だな
 あと思って。父親という感じがしないんですね。だからいつも
 父親じゃなくて、大野一雄、大野一雄と。だからお父さんと呼
 んだことがないんですよ。
  (2010年7月14日大野一雄追悼大野慶人発言から)

この対談は吉増剛造写真展「盲いた黄金の庭」冒頭に石狩河口公演
映像をバックに行われた。
この記録は昨年出版された吉増剛造「舞踏言語」(論創社)に、
「火炉の傍らに立つ巨人」として収録されている。
そしてこの本の出版記念2018年9月28日の会で、大野慶人
が披露した父一雄を指人形とした舞踏に私は深い感動を受けた。
エルヴィスの唄・曲・詞に逢わせる顔と手の表情すべてに、もう
ふたりの間を隔てていた戦争は消えていた。
言葉は無くとも、慶人さんは”お父さん”と呼んでいた気がする。
指人形という自分の指に、父一雄は身の一部として存したのだ。
たった3分間のエルヴィスと指人形。
この時慶人さんは、見えない心の日米国家間の戦争で喪われた時間、
それをとり戻したのだ。
舞踏する身と心が、エルヴィスの「愛さずにはいられない」の唄
・曲・詞に合流し豊かに流れていた。
ふたりの舞踏という心の源流。
国家や時代によって引き裂かれた父子交感の流れは、個の源泉・
源流として個によって生き、ふたたび個によって開かれている。
舞踏という身体の表現、身も心もひとつとなって、父・子の真の
界(さかい)を流れていた。

*追悼・大野一雄の戦後展ー7月28日まで。
 am12時ーpm7時:月曜定休;水・金曜日午後3時閉廊。

 テンポラリ―スペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503



by kakiten | 2019-07-06 15:13 | Comments(0)


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