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テンポラリー通信

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2019年 07月 04日

舞踏:身も・心もー大野一雄の戦後(6)

23歳で初めて見たラ・アルヘンチーナの舞踏。
30歳にして江口・宮舞踏研究所に入所。
32歳次男慶人誕生後召集を受け兵役に着く。
中国、パラオ、ニューギニア戦線を経て敗戦。
オーストラリア軍の捕虜となる。
40歳で帰国、翌年江口・宮舞舞踏究所の物置を改造し住み込む。
42歳で横浜に家族と共に引越し。
43歳大野一雄舞踏研究所設立。

もう帝国劇場でラ・アルヘンチーナの舞踏に感動して、20年の歳月
が過ぎていた。
しかし閉ざされた心の源流の一滴は、再び流れ出す。
戦中多くの死者を見送り、帰国の船中でも戦友を水葬し見送った体験
は、舞踏という身体表現に深い想いという流れの力を与えたと思う。
多くの戦友を水葬する船上から見えた水母の群れ。
それを死者の魂の群れとして「水母の踊り」を帰国後ずっと踊った。
<想いは現実、現実は想い>という大野一雄の言葉は、<身も、心も>
ひとつとした身体表現の舞踏が、過酷な戦争現実を経て掴んだ源流から
の流れの力と思える。
一青年の心に宿った一滴の近代・モダニズム。
その一滴が心の森に深く蓄えられ、流れをショートカットし暗渠化す
る時代を超えて、ふたたび自由な流れとして時代の大河、世界の海へ
と流れ出す。
大野一雄の近代は、個として、身も心も舞踏に生きている。

国の戦後近代化は、米国のデモクラシーによって始まった。
近代化=欧・米化が鬼畜米・英で破綻し、40歳から始まった米国占領
の戦後近代日本。
かっての直接の敵国と向き合い、どこか重く沈む心の暗渠。
その見えない流れの内に、命の源泉に立つ海抜ゼロの石狩河口の舞台
はあったと思う。
この公演の後、エルヴィスの「愛ささずにはいられない」の唄・詞
・曲が、傍に存したのはある必然のように思える。
国家ではなく、ひとりの想いとして共感したのだ。
その時大野一雄の近代は国家を超え、個として<想いは現実、現実は
想い>という揺るがぬ魂となったと思える。

*追悼・大野一雄の近代ー7月23日(火)-8月18日(日)
 am12時ーpm7時:月曜定休;水・金午後3時閉廊

 テンポラリ―スペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503



by kakiten | 2019-07-04 16:01 | Comments(0)


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