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2019年 06月 25日

深い夢・眼差しー大野一雄の戦後(4)

空(カラ)の白い額縁の中から顔を覗かせ手を伸ばし、
初めて未知の世界に触れる。
生まれたばかりの命、包む膜を破り・・・。
石狩河口流れる水の中で、魚卵から誕生の舞踏。
命の源流の一滴のような、大野慶人の秀逸な舞踏だった。
大野一雄の鮭の雌・雄の産卵と死の舞踏。
その間河中で演じられた慶人の顔と手だけの 舞踏シーンは、
今見ても心撃つ。
<命の源泉に戻って・・・>と、大野一雄は終演後冒頭の挨拶
で最初に観客に語りかけた。
この時すでに齢86歳。
台風通過後の余波・風の残る河口の浜。
大勢の観客に風の冷たさに気を配りしながら、二曲のハワイの曲
に合わせずぶ濡れの衣装のまま舞台に這い上がり、アンコールに
応えた後の挨拶だ。
河の流れの中青年時代舞踏を志した舞姫、あの世のアルヘンチ
ーナになり、大野一雄の命の源泉の舞踏を終えたばかり。
個として舞踏に憧れ、志した若い源泉の時。
そこから小さな流れを創り社会・時代という大きな川・海へと
目指した青年時代。
それは世界を覆ったファシズム・国家主義の時代によって、個の
流れは暗渠化されショートカットされて、戦争という閉塞の世界
に陥る。
戦後戦場帰還から死の直前まで、大野一雄は舞踏を通して再生し、
世界との生命の回路を回復し維持しようとした。
その源泉は、自らの生きる源流・支流の一滴。
舞踏への想いの確認・展開だったのではないだろうか。
そして時代の支(志)流として戦争によって中断された、清冽な
流れの再生だったのではないか。
日本文化の歴史、故国の文化の大河に掉さし、地球・世界という大海へ。
暗渠化され、ショートカットされた流れを、深く源流から再生する事。
そこに人間社会を超え、生命として在る地球生命への賛歌に至る深い命
への視座も開かれていたと思う。

海抜ゼロ。
深さも高さもゼロの大河の河口の浜ーモ・ライ(静かな・死)。
真っ赤なゼロ・夕陽の沈む昼夜の界(さかい)。
この大自然の残る石狩河口公演で大野一雄は、長い戦中・戦後の最後
の衣を脱いだと思う。
エルヴィス・プレスリーの「愛さずにはいられない」は、そうした
大野一雄の戦後の終わりを告げる、アメリカの転位の象徴、詞・曲
唄だったように思える。
そしてそれは同時に10歳で初めて会った父、生涯父さんと呼ぶ事ので
きなかった大野慶人が、一雄の死後エルヴィスの詞・曲をバックに父
を指人形として舞った時、その手・顔すべての表情にふたりを隔てて
いた戦争の距離が消えた時でもあった。
それはあの川中で見せた白い額縁の中から覗く卵の手・表情に重なり、
父・子の自然の情が深く湧く源流のように溢れ出ていたからだ。

戦争の近代がひとつ終わったのだ。
ふたたび個の源流域から、個の、志・流へ。
そして同時代という広い大河・海へ。
一雄&エルヴィスは、海へ注ぐ一雄の新たな大河への道程。
明治近代から戦後・近現代への架橋であった、と私は思う。

*追悼大野一雄「一雄&エルヴィス」-6月30日(日)まで。
 am12時ーpm7時:水・金曜日;午後3時閉廊。

 テンポラリ―スペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
 





by kakiten | 2019-06-25 15:43 | Comments(0)


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