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テンポラリー通信

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2019年 06月 02日

3・11以降の地平ー小さなランド(Ⅺ)

北上坑の板看板を囲繞する丈の高い穂のような白い花が、
白から薄紫へ変わってきた。
静かに枯れが進行している。
それはそれで良い・・・。

来週この展示を見る為に二泊三日の休みを取り、駆け
付けてくれる東京のk氏。
足利、沖縄、東京共通の分厚い吉増展図録を編集した
熱い男だ。
自らも吉増さんの1400頁弱の大冊に負けず345頁
の渾身の長編詩集を出版した詩人でもある。
「北上坑」看板と女坑夫さんの私の話を聞いて、無理くり
休みを作り跳んでくるのだ。
逢えばきっと濃い濃密な時間が沸き立つように流れるだろう。
そしてもうひとり写真家のY氏も、鳥肌が立つ・・と語り
熱い気持ちを伝えてくれた。
彼は2011年から2012年の一年間吉増さんの誕生日
の2月22日に因み、毎月22日吉増さんを撮影し記録した
写真家である。
その写真記録は大冊「火の刺繍」に収録されている。
この現在の吉増剛造に最も近いふたりが、熱く燃えてくれた
だけでも今展示の意味は深いと私は思う。

坑内爆発事故で犠牲となった多くの女坑夫、男坑夫さんたち。
その火の災難に水の象徴大河の名を坑道につけて、鎮魂と安全
を祈ったという坑口の看板。
その近代の奥地の山の石炭の坑道が、北上河口の3・11
の大津波の水の災害地へ女坑夫さんと道行きして附いて
いく。
そんな不思議な関係が見える。

2011年12月「石狩河口 坐る ふたたび」は、以後毎年
変遷を重ね深まり、「水機(ミズハタ)ヲル日」から「怪物君」
を経て、「火の刺繍」まできたのだ。
怪物、水と火。
そして今年北上河口へ。
吉増剛造の背中に女坑夫さんの織姫のような舞い衣が見える
ような気がする。
幻のように顕れた北上坑の板看板は、女坑夫の記載を伴って
1994年初夏の「石狩シーツ」を近代から現代へと敷いて
3.11以降の現代へ導いている。

*「北上坑・口」展ー6月9日まで。
 am12時ーpm7時:月曜定休;水・金午後3時閉廊。
*大野一雄追悼「プレスリーの戦後」-6月18日―30日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503


by kakiten | 2019-06-02 11:34 | Comments(0)


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