テンポラリー通信

kakiten.exblog.jp
ブログトップ
2018年 11月 06日

水道の一滴ーみちゆき(12)

トイレの貯水タンクに注ぐ水が止まらない。
内に在る止水装置が充分に働いていない。
細い水流が突き出た管から小さな音を響かす。
何度か排水・給水作業を繰り返し止まった。
貯水槽内部の浮き球が緩んでいるのか・・・。
一度水道元栓を締めて外出したが、そうすると
すべての水が止まり、炊事・洗濯日常全般に支障
が出る。
ちょろちょろと水が流れる音にも神経が鋭くなり、
気が滅入る。
人間は環境の動物と呼ばれるが、このインフラ(生活
環境基盤)となる電力・水・交通・通信等の社会環境
の元は同時に、自然環境からその元資を得ている。
インフラの整わなかった時代には、もっと自然資源
との直接的触れ合いが多かっただろう。
その分人は自然に対して怖れと敬意を保っていたと
思う。
僅かな水の漏れる音にも神経が磨り減る軟弱な現代人
とは大きな差異がある。
人工的なインフラ環境に慣れ、任す日常と自然そのもの
と向き合い生きる生活とは、きっといつの間にか大きな
差異が生じている。
人は四本足から二本足となって、その動く範囲の不足を、
風力・水力・火力をエネルギー源とし、さらには地中に
深く内蔵された石炭・石油・原子力をエネルギー源として
力を増幅し、新たな環境・社会基盤としてきた。
両手となったふたつの足は、第六の内臓・脳の文字通り
手足となぅて、立つ事で獲得した俯瞰する視座の知能が
その増幅する力の基となったのだ。
しかし地に着くふたつの足は、もうひとつの力を保っ
ている。
自由に地上を、時に宙を、動き廻る力だけではなく、
天地を貫く踵(かかと)軸の力。
垂直に生きる植物、特に樹木の生きる力だ。
両掌を垂直に逢わせれば自然に浮かぶ、祈りの形。
地深く水を求めて伸びる根。
空深く光を求めて伸びる枝。
一か所に立ち、世界に開かれている生だ。
人はそうした立ち姿も、祈るという精神で得ている。
四本足の動く物は、両掌の心の動く物となって、動物と
植物の狭間を、両掌・両足で深く生きねばならぬ。

水道管から漏れる小さな水音に、大きく囲繞する自然と
大きく増幅し囲繞するインフラ都市を想った。

*HOPIカチーナ展in札幌ー11月9日ーー10日
 am11時ーpm6時・最終日pm5時まで。
 :11月10日(土)午後2時半~、11日午前11時~
 HOPI出版記念お話会・講師ー著者天川彩
*藤倉翼写真展ー11月20日ー12月2日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503 




[PR]

by kakiten | 2018-11-06 16:39 | Comments(0)


<< カチーナたち来廊ーみちゆき(13)      秋の深味ーみちゆき(11) >>