テンポラリー通信

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2018年 08月 04日

間の時間ーシジフォス(18)

人間身体尺度が転位しつつある時代と思う。
その転位の転回点は、可視可能な窓の不在と重なるように思う。
少年の頃を思い出すが良い。
路面電車や汽車に乗り、窓外の風景に魅了されていた日々を。
電車の窓には、見知らぬ街角のお店や歩く人、伸びる道の向こう
がパノラマのように後方へ流れていった。
より速度の速い汽車や電車の窓外には、森、稲田、畑、そして
遠く高い山の峰々がゆっくりと流れていた。
目の前の踏み切りには、車や自転車、人があっという間に後方
へ飛んでいく。
ガッタン、ガッタンと線路の継ぎ目の振動が心地よいリズムで
五体五感に響き、何時の間にか眠りに落ちる事もあった。
この旅の心地よい身体尺の宇宙が、身体尺を離れて速度だけの
目にも留まらぬ高速性主体の乗り物となった時、人は高速性・
効率性と引き換えに何かを喪ってきている。
出発ー目的地という旅は、その間(あいだ)の時間も包含して
豊かだった。
間は省略・喪失し、移動という物流のマイナス待機軸へ埋没する。
新幹線・リニアモーターカーは、その全行程のほとんどがトン
ネルの中という。
地下鉄の地上化と同じ構造だ。
目でも追いつかぬ高速機械速度に身を委ね、人間の五体五感は
どんどん身体から遊離し、物流の物資のように梱包され整理さ
れた存在になる。
今、あの車窓の窓は、電気機器の受信装置の小さな窓。

道具としての機械と人間尺度の幸せな時代は、あの電車・汽車
の窓外の風景のように遠く後方へ飛び去って行く。

*斎藤周展「継ぎ」-8月15日(水)-26日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503


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by kakiten | 2018-08-04 12:27 | Comments(0)


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