映像作家でT美大の教師でもある石田尚志さんが来た。
明年の受験生応募キャンペーンの仕事と言う。
大学もそういう時代なのだ。
少子高齢化と人口減少が続き、大学運営にも関わり自分の専門分野
に没頭していられる時代ではないのだ。
今回の訪問にはもうひとつ目的があって、テンポラリースペースとの
交流を語ってもらうというMさんからの提案があったからだ。
2003年月最初の訪問。
そこから二度の個展、夕張ー石狩河口走破等の中で彼が映像制作に深い
モチーフを抱いた想いを語ってもらうテーマで話は進んだ。
未発表の夕張二股峠の映像、そして石狩河口望来の断崖の映像も披露さ
れた。
5月沖縄で豊平ヨシオさんのアトリエを訪れた時の話が枕となって、
石田さんの十代から沖縄に移住した時の話、そして吉増剛造との出会い
による美術への本格的転身。
3時間ほどほぼひとりで熱く自分のこれまでの由来が語られた。
描いた画を継ぎ合わせ動画として表現する石田の映像は代表作として
バッハのフーガの技法をイメージで構成した作品が有名である。
音楽の展開とともに、その旋律のイメージが炸裂するように展開される。
彼にとって北の大地の走行もまた、イメージの炸裂する動画のようにある
に違いない。
私はそんな彼に日本の近代の象徴ともいえる源流の炭鉱都市夕張から夕張
川を下り石狩川の合流を経て、石狩河口への走破を提案し、近代と自然
の直なる接点を作品化して欲しいと提案したのだ。
それは未だ未完であるけれど、今回はさらに琴似川の原点窪みの泉池から
始まる琴似川流域の踏破を勧め、札幌の緑の運河エルムゾーンの画像化を
お願いした。
kot-ne:コッネー窪んでいる・凹む。琴似のアイヌ語源。
大都市の縁に扇状地の伏流水が湧き泉となり、川となって流れていた
琴似川・ハルニレ・エルムの森のゾーン。
今も水は枯れても、上空から見ると緑の帯のように連なっている。
多忙な公務の合間を縫って、彼は帰京の日朝からそこを散策し来年以降
の新たな作品展開を約束してくれた。
帰京後ギャラリーの芳名録に石田尚志の署名が残されていた。
2003年7月ー2018年8月 石田尚志
*斎藤周展「継ぎ」-8月15日(水)-26日(日)
am11時ーpm7時:月曜定休。
テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目斜め通り西向き
tel/fax011-737-5503
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