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2018年 07月 19日

危険な・・・-シジフォス(11)

西日本豪雨災害その後のニュースを見ていると、危険な
暑さという表現が盛んに使われている。
豪雨災害後の猛暑を表現する言葉だ。
40度を超える暑さ、そして泥流や流木で埋まった災害地
の衛生環境悪化がそれに輪をかけている。
何時の間にか、夏の暑さも危険という二文字が被せられる。
熱さだけではない。
自然界の山・川・森、人間社会のビル・道路・地下通路等も
危険なと付けると何故か頷く我々がいる。
安心・安全・便利・快適の環境が、一瞬にして怖いインフラ
環境・自然環境として顕れだしている。
まるで戦後原子力発電が安心・安全で定着して3・11で
逆転したその流れのように。
危険な暑さ、危険な風、危険な川、危険な山裾、危険なビル
危険な車輛・・・危険の付かないものが無いほど自然の野生が
鎌首を擡げている。
工業化・都市化を進めた近代化は、安全・安心・便利・快適
が旗印。
と同時に現在は、危険・不安・不便・不快が、自然の荒々しい
野生の前に露呈しているのだ。

一昔前まで人はその怖れを身に沁みて経験していたはずだ。
自然界との界目に手を合わせる祠・神社を祀り、護岸を兼ねた
石段で補強をし、森を里山として守り、故郷を創った。

♪兎追いしかの山、小鮒釣りしかの川・・・

と謳われた「故郷(ふるさと)」とは、そうした自然野生と
人間社会の界(さかい)の存在・共生への賛歌と思う。
人は身体外巨大エネルギーを操作し、畏怖・畏敬の自然観を
喪失して、エゴという我欲を剥き出しにしつつ今がある。
それに呼応するように、自然もまた野生を剥き出してくる。
孫悟空の如意棒・筋斗雲のようなものだ。
大自然という釈迦は掌(てのひら)を広げ、お前の行った世界
の果てとは此処かい?と指を差し出す。
掌(てのひら)と小手先。
世界の大きさの大いなる相違。
そこに畏怖と畏敬の源、故郷の源もある筈だ。

土石流溢れ出ししかの山、巨木流れ車流れしかの川・・
 
が畏れを保つ野生の自然なのだ。
夏は危険な暑さを保って、危険な風の渦を伴う。
大地が揺れ、水が溢れ、風が唸る
危険な夏が来た・・・。

*斉藤周展「継ぎ」-8月15日(水)-26日(日)
 am11時ーpm7時:月曜定休。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503







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by kakiten | 2018-07-19 12:49 | Comments(0)


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