チQさんの展示としては、ひとつのエポックとなる展示だ。
吹き抜け2階全面大作の過剰感。
1階の凝縮した透明感溢れる小品群。
フイジカル・メタフイジカル的にいえば、2階吹き抜けは
フイジカルな饒舌性に溢れ、1階展示は緑と銀が主体のメ
タフイジカルな透明感に溢れている。
このようにトータルな表現発表は初めてではないだろうか。
チQさん、身も心も・・・である。
聞くと、母上の肝臓・膵臓の重い病を思い、母上のお名前
碧(みどり)とその内臓を意識して描いたともいう。
この祈り・心配が、作品群に反映されている気がする。
そんな個人的理由(わけ)が、作品というある普遍性を抱いて
展開されている。
碧(みどり)がトニカとなって、彼自身の<身>と<心>が
作品全体に脈動しているからだ。
話は違うが、東日本大震災に続き西日本大豪雨災害が死者・
行方不明者の数を更新しながら、連日報道されている。
画面に映る悲惨な状況を、我々はどれ程共有出来得るのか。
被災者の個々の苦悩・悲しみを、個人的理由に封印しては
ならない。
現代が保つ自然と人間社会に共通する災害基盤として受け
留めなければならない時代の要因がある。
水や風や山や森に対する畏敬と畏怖の欠如・喪失。
何故土砂災害は起こるのか。
何故集中豪雨は発生するのか。
その何割かは喪われつつある自然への畏敬・畏怖感の拠点・
界(さかい)喪失に起因している気がする。
石炭・石油・原子力と、自然が内蔵するエネルギーを利用し
人は人間自身のフイジカルなエネルギーを超えた力を得たの
だが、その身体外エネルギーを指先の操作で操る文明症候群
が、本来の自然への畏怖・畏敬を喪失させて、自然と人間社
会の共生空間である故郷を剥ぎ起こし、怖い自然野生と剥き
出しで対峙する時代を顕現さているような気がする。
東・西に続き、北・南にも何時どんな大災害・大震災が起き
てもおかしくない時代だからである。
チQさんの母上への個人的な理由(わけ)が、他人事ではなく
ある普遍性を保つのは、作品自身が個に埋没する事なく、母と
いう他者への想い・祈りが深い処にあるからである。
個人的理由(わけ)を情緒的に扇動し舞い上げるのではなく、
個の内から他者への愛として架橋する真摯さが、真の心の故郷
(ふるさと)を再生させ、作品を生む人間のエネルギー源であ
ると思える。
*チQ展「NMAMDB」-7月15日(日)まで。
am11時ーpm7時
*斉藤周展ー8月15日(水)ー26日(日)
テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
tel/fax011-737-5503
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