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2018年 06月 30日

明治と昭和の26歳ーシジフォス(5)

全国的に編集の仕事をしている茅ケ崎在住の竹中英俊氏。
北大出版との関係で、最近は札幌にも月に一度来る。
同じ大学、私の尊敬した先輩門倉弘氏の縁もあってその度
に顔を出してくれる。
今回見せてくれたのは、福沢諭吉25歳に編集した中国語・
英語訳の日本語辞典だった。
開国してまだ間もない時代の外国語辞典。
その訳は時に珍奇に、初々しく諭吉25歳の青春が匂う。
未知の世界へ、当時の二大文化圏・英語と中国語の和訳に
挑む若き日の諭吉がいる。
言語という未知の世界の架け橋を通して、活き活きと世界
を駆ける25歳がいる。

そんな一萬円札の風貌とは違う福沢諭吉に、昭和の同世代
若き日の吉本隆明を重ねていた。
思想家、詩人とカリスマ性をもった後年の吉本隆明。
その26歳の昭和25年から1年かけて著した詩集「日時計篇」
は、敗戦後の廃墟の中手製の原稿用紙に罫線・桝目を引きながら
昭和の尊王攘夷惨敗後の日本の現実と言葉を通して向き合って
いた。
1868年(明治元年)鎖国を解き、欧米化近代の道。
1945年(昭和20年)敗戦、民主主義近代の道。
と二度にわたる日本の近代化の入り口で、ふたりの25,6歳
の在り様はその出発点において、外向き・内向きの世界への対峙
の相違に顕れてもいる。
明日にも国の為に死のうとしていた自分を、徹底的に思想的にも
哲学的にも文学的にも過去を通して追求した吉本隆明。
その最初の仕事が「日時計篇」詩集であり、高村光太郎論である。
一方福沢諭吉は和・中・英語辞典と「学問ノススメ」「西洋事情」
等を著し明日の近代化を進めた。
このふたつの近代化の初頭に、啓蒙と内省のふたつの青春がある。
それは今も不断に我々の内なるふたつの極点として存在しているか
に思える。

*八木保次遺作ガッシュ展ー7月8日(日)まで。
 am12時ーpm7時:月曜定休(水。金は都合により午後3時閉廊)
*チQ展「NAMUAMIDABUTU」-7月10日-15日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503


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by kakiten | 2018-06-30 14:26 | Comments(0)


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