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2018年 05月 01日

沖縄行ーランドへ(10)

沖縄は濃かった。
2009年以来の豊平ヨシオさんとの再会。
そして、増えていたアトリエの作品群・・。
今回の沖縄行は、この作品群にもう一度立ち会う事だ。
吉増剛造展で沖縄に来る石田尚志氏、鈴木余位さん、
そして吉増剛造氏に見てもらう事が一番の眼目だった。
石田さんは私の2009年2月のブログを事前に読んで
もらい、吉増さんには2009年アトリエ訪問時の作品
写真とその時のブログコピーを送った。
石田さんは那覇空港到着後直ぐ車で豊平さん宅に向かう
と連絡がある。
素晴らしい音響の豊平さん自宅部屋で、モーツアルトの
アリアを聞いていると余位さんの運転で石田さん到着。
音楽一家に生まれた石田さんには、なによりのタイミング
だった。
それから豊平さんの案内でアトリエのある丘に向かう。

ただただ無言で立ち尽くす石田、鈴木・・・。
やはり思った通りだった。
天才映像作家石田尚志の心は沖縄の心ともいえる
青と亀裂の作品の前で、目をいっぱいに見開き、体を
空間に浸し、委ねていた。

吉増剛造展初日私は午前の透析治療を終え、美術館
に赴いた。
吉増さんから3時から4時の間待つようにと伝言ある。
程無く来た吉増さん。
開口一番、あれは本物だ、別格だ、と言う。
私はこれを聞き嬉しかった。
今回沖縄訪問一番の思いが満たされた。

帰る前日もうひとりの私の沖縄の友人サトマン君と会う。
ラップ音楽の作詞をしている若い友人で、2006年
村岸宏昭追悼展で出会った。
ムラギシとも音楽で一緒にやろうと話していたという。

大和世ーアメリカ世と沖縄はいつも最前線にある。
日米戦争の最前線、戦後日米安保の最前線。
1972年まで本土より22年も長く占領国日本の
最前線が続いた処だ。
その戦後民主主義近代化ふたつの世代が、豊平さん
とサトマン君でもある。
サトマン君は諸にアメリカ文化下で育った世代の沖縄
人であり、豊平さんは戦前も知り敗戦後も知る沖縄人だ。
このふたりを今回会わせたのも、今回の沖縄行で実現
した事である。
戦後近代ふたつの沖縄世代が、如何に結び認め合うか。
これも沖縄が保つ最前線の所以だ。
敗戦後荒涼とした国土を、沖縄を前衛にして復興し、
鬼畜米英という明治以降の近代破綻の総括を怠り、
新たなアメリカ文明を主に経済面で享受し高度成長に
浮かれて来た現代日本。
沖縄では本土より長いアメリカ占領下後、今も基地と
いう現実が戦後を引きずって在る。
遠い70余年前の敗戦風景はアメリカコピーの風景に
消えつつも、此処沖縄では今もその戦後最前線の
葛藤が生きている気がした。

*追悼・八木保次・伸子展ー5月8日ー20日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503


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by kakiten | 2018-05-01 15:20 | Comments(0)


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