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2018年 03月 06日

寒い寒い 日なりきー紡ぎあう(17)

 やがても蜜柑の如き夕陽、
 欄干にこぼれたり
 あ〃!-そのような時もありき、
 寒い寒い 日なりき

今朝の寒気に身を竦ませ歩きながら、ふっと中原中也
「冬の長門峡」の一節が口に浮かんだ。
<寒い寒い>の反復に反応したのだろうか・・。
ギャラリーに着き確認の為中也の本を見る。
冒頭の

 長門峡に、水は流れてありにけり。
 寒い寒い日なりき
 
と、最終行の<寒い寒い日なりき>は同じフレーズだが、
冒頭の一行には<寒い寒い>と<日>の間に空白がない事
に気づく。
この一拍の空白が最終行の<寒い寒い>に深い奥行きを与
えている。
<蜜柑の如き夕陽、欄干にこぼれたり>に続く<あ〃!ー
そのような時もありき、>の蜜柑の如き<夕陽>とそのよう
な<時>に呼応した<あ〃!>の空白・一拍と感じられる。
身(今)にも、心(過去)にも、沁みいる・・寒い寒い日。

鈴木余位・村上仁美展「ふたたび 花傍らに」二週目。
今朝の私の感じた寒気と、「・・花傍らに」のタイトル
が、呼び起こしてのだろうか、中也の詩が心に響く。
今回の展示が外気と対照的に「火の刺繍」の<火>で
ある事も関係あるのかも知れない。
会場には鈴木余位さんのフイルムが太陽光と映写する光の熱で
燃えていく映像がエンドレスで流れている。
そして村上仁美さんの絹糸の銀の水のような流れ、澱み。
この会場空間は見えない火、水が主役である。

 やがても蜜柑の如き夕陽
 欄干にこぼれたり。

西向きの玄関硝子戸から、この古民家構造を遺した空間に
夕陽が射し込むのである。
陽の回復してきた今日夕刻、ここは冬の画廊峡となるかも知れぬ。

ふたたび 花傍らに・・・ 寒い寒い 日なりき。

*鈴木余位・村上仁美展「ふたたび 花傍らに」-3月11日(日)まで
 am11時ーpm7時。
*秋元さなえ展「ランドへ」-3月20日ー25日

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

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by kakiten | 2018-03-06 14:48 | Comments(0)


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