僅か二泊三日の滞在だったけど、南那須大桶から足利まで
車で2時間6回の往路還路で感じた小さな旅は、私には近・
現代を裏打ちして背骨を伸ばしてくれるように遇った。
中世・近世の蓄積の乏しい北海道札幌との比較にその要因
はあると思う。
私の日本近代への視座は、生まれ住む札幌という都市の
視座から発しているが、祖父の代から3世の移住者末裔の
視座でもある。
祖父の故郷福井で感じた軽い違和感を思い出す。
苗字にある森の相違。
森ではなく杜(モリ)と感じた事。
そこに自然世界と人間社会の長い融和の時間を感じた。
札幌で生まれ札幌で死んだ父が遺した唯一の絵画がある。
それは森の大木と洋館と思しき建物の絵だ。
あの融和の対比こそが、札幌という都市の保つ近代とい
う基盤と私は思う。
150年前まで大自然・原始林が支配したこの地に移住
した人たちが開墾し開拓して生まれた都市である。
足利に至る東北道の里山・故里の長い自然との融和の時間
はここにはないのだ。
日本の近代化はそうした相違に関係なく時代として普遍
的に存在した。
その功罪を近代そのものの内側から、そして長い歴史の
その土地固有の前近代の内側から、というふたつの視座を
保つべきだと、足利への道は教示してくれた気がする。
実感としてである。
足利市立美術館吉増剛造展「涯の詩聲」は、そうした札幌
・近代と東北文化に繋がる中世近世日本・自然と近代化の
交叉する地点で開催されていたと思う。
*高臣大介ガラス展「紡ぎあう」-1月30日(火)ー2月11日(日)
*鈴木余位×村上仁美展「ふたたび 花傍らに」-2月20日ー3月4日
テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
tel/fax011-737-5503
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