カテーテル検査やシャント手術やらで、一日入院が
2度も続き急な寒気もあって体調を崩していた。
週に3度の透析治療も加わって、体力が落ちている。
そして今月24日の足利市立美術館での吉増展の招待
トークセッションに備えねばならぬ。
ひとりの偉大な作家の大きな節目。
何時の間にかそこに立ち会い、添っていた。
私は百十余年の祖父・父から継承した札幌の地を、自分
なりに自分の時代の底で掘り下げて根付く努力をして
いただけに過ぎない。
1981年都心の父祖の地を離れ、円山郊外に職場と居
を移動し、そこで発見した札幌という身体の血管のよう
に感じた暗渠の川ー界川を辿り、源流へ河口へと自耕した。
それは自分の産まれた地の再構築、カルチべートの試み
だったと思う。
その試行の中で出会ったひとりが、吉増剛造だった。
彼は彼の生まれた地から、奥多摩、福生、横田基地等を経て
1991年石狩河口「石狩 みちゆき 大野一雄」公演で出
会ったのだ。
そして翌年ブラジル滞在。
ある深い悩みを抱き2年後帰国。
1994年「石狩河口/坐ル」ー長編詩「石狩シーツ」誕生。
2011年「石狩河口/坐ル ふたたび」ー3・11以降を
模索する制作。「怪物君」「火の刺繍」・・・。
この2度重ねられた<石狩河口/坐ル>に吉増剛造の真摯な
生の起点が宿っており、私はその過程のほんの一部に立ち会
っているに過ぎない。
今回招かれ用意されたトークセッションのテーマ「札幌の
古・水・道(フシコ・ワッカ・ル)」は、正に私自身の基点
を指している。
大きな宇宙を包含する銀河のような吉増剛造と名もなき
暗渠の見えない川界川のような私とが何故栃木県足利市
立美術館個展最終日に出会うのか。
それは節目節目に立ち会ってきた友への、友情の要請と
私は思う。
多分ある大きな節目、多分ある大きな旅立ち、その宇宙に
立ち会うように呼ばれている。
私は私の素のままに。
私は私の少しだけ抱けた自分の故郷の宇宙を胸に。
そこできっと少年のように、それぞれ多摩川、界川で見
つけた宝物の小石を見せ合うように出会うのだろう。
そんな予感がする。
剛ちゃんの伏古(籠)・水・道の宝物と僕のそれとが・・・。
*高野圭吾詞画展「歌ごとに生きて」-12月16日(土)-19日(火)
19日午後1時~ギャラリートーク 峰艶二郎(日本のシャンソン研究家)
*岡田綾子展ー1月2日ー7日
テンポラリスペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
tel/fax011-737-5503
htmx.process($el));"
hx-trigger="click"
hx-target="#hx-like-count-post-28856827"
hx-vals='{"url":"https:\/\/kakiten.exblog.jp\/28856827\/","__csrf_value":"ceefbd14ff0bbaba6a1b8fc1f84a5caebdba487f5be05fb579d64513dceb04c91707e807a056b8488dbe4c9bc2b27ec5104514339680fe55e0ee6924f7fafa2c"}'
role="button"
class="xbg-like-btn-icon">