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テンポラリー通信

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2017年 07月 19日

身{自然)も、心(観念)もー緑陰(1)

ベルリン帰国前日、谷口顕一郎さんが来た。
明年の札幌個展の打ち合わせをした。
私からの提案は、<ケン&アヤ>である。
以前からそういうサインで作品を発表したい
と彼は言っていた。
ただ彩さんの方が少し引いて遠慮している
らしかったのだ。
14年前サハリン経由で札幌から欧州へ向か
ったふたり。
その道中を日々記録した彩さんの日記は、今も
好評で何よりもふたりの大切な精神の糧ともな
っていると私は感じていた。
途中撮られた写真記録とともに、これはふたりの
大切にして原点ともなる記録である。
その事を誰よりも強く感じているのは、他ならぬ
ケンちゃんだ。
従って自分の作品のサインに、<ケン&アヤ>
と命名したい気持ちはよく分かるのだ。
私は来年の個展を機にそれを実現する展示を考え
たらどうか、と提案したのだ。

私は現在週3回腎臓5時間の治療を続けている。
この時間を私は自分の身体集中時間と考えている。
健康時意識が薄かった身体時間。
そのギャップを深く意識して感じるようになった。
例えば正月や祭日も内臓は休み無く働いている。
その為に決まった治療を時間集中して受けなければ
ならない。
すると多くの健康な普通人は訝しげに問うのである。
何故休日なのに通院するのですか・・?
祭日・休日は人間社会が決めた決め事である。
身体の時間は自然時間で、社会的なものではない。
人間は社会的存在であると同時に、先ず身体を保つ自然
的存在であるのだ。
心身一如、心身一体と言葉で表しながら、心という脳内臓
に主眼がいって<身>の方は軽視されがちなのだ。
<身も心も>と身を先に考えるのが、本来の順序という
ものである。
男と女という二つタイプの人間は、いわば<心・身>
というものを内包する人間を顕していると思う。
女性は身(自然ー内臓言語)をベースに、男性は脳(
社会ー筋肉言語)をベースに生きる生物と思える。
そのどちらかに偏重しても、人として不完全なのだ。
人は<身>という自然存在の言葉にも耳を傾けなければ
ならない。
同時に<心>という社会的存在の観念言語にも従わねば
ならない存在だ。
機能低下した腎臓代行治療という通院に、祭日でも?と
いう疑問は、この<心・身>の分離・社会的存在への偏重
から起きる素朴な疑問なのだ。
そうした考えもあった所為か、男性性・女性性の考えも
<身も心も>の問題と感じていたのである。
<ケン&アヤ>とは、男女平等という観念ではなく、人と
して生きるという観点で、最も人間らしい行為と思えた。

クリスト&ジャンヌという先輩もいるじゃないか。
堂々と<ケン&アヤ>で生きて下さい。
ねえ、ケンちゃん、アヤさん・・・!

*5人展「脈」ー7月25日(火)ー30日(日)am12時
 ーpm8時。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2017-07-19 12:35 | Comments(0)


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