ある時代、そこに生きた人の想念が息付いている。
八木伸子「札幌大通りーリラの季節」。
淡く全体を彩る新緑の緑。
そして中央に聳える鉄の塔。
その下方左下にリラの紫の茂みと白いシャツの痩身
な男性が紫に煙るような女性を高く抱き上げている。
そしてふたりが描かれた画面右端に西洋のものと思
しき街路灯がくっきりと描かれている。
公園両側の建物は省かれ、白く塗り潰された方形の
姿が浮かんでいるだけだ。
空には鳥が数羽舞い淡い空の青世界が広がる。
この輪郭の霞のような筆致に、私は伸子さんの母上、
松本春子の仮名文字の世界をふっと想い出していた。
輸入された新しい文字文化・漢字の世界。
そこに掠れと滲み・省化の独自の和文字創出。
そして明治の西洋化という近代の中で、新しい都市に
生まれ生きたある純粋な想念を思うのだ。
油彩という西洋描法にカナ文字のような淡いの筆使い。
そこには西洋と伝統の対立・亀裂はない。
明治に入り江戸という町は東京という都市に衣を替える。
江戸城は皇居となり、貨幣鋳造地の銀座は煉瓦が敷かれ
ガス灯の灯る西洋通りとなった。
明治以降開拓使が置かれ近代とともに開かれた札幌という
新しい都市には、東京のように風土としての江戸はない。
蝦夷地の新都市札幌はその意味で東京近代より、より純粋
培養され具現化していたのかも知れないと思う。
しかし伸子さんの母松本春子、保次さんの母八木敏さんに
象徴される書道、華道、俳諧という伝統文化を母体土壌と
して、保次・伸子の油彩絵画は存在したと思える。
明治以降の近代の小さな花は「札幌大通りーリラの季節」
に見られる風土と成って咲いているのだ。
新都市サッポロは心のランドマークとして、晩年伸子さん
の淡やかな夢のように咲いている。
文化としての近代を、カナ文字のように柔らかく滲ませて。
*「彩」八木保次・伸子展ー4月23日(日)pm7時まで。
*吉増剛造展「火ノ刺繍乃道(ルー)」ー5月9日ー28日
テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
tel/fax011-737-5503