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2017年 04月 02日

春という浮き世ー湿地帯(30)

まだ見ていないが、SNSで福寿草の写真が見ら
れるようになってきた。
古いアイヌの人たちが考えた一年は、冬の年・夏
の年という数え方をしたらしいという。
*知里真志保「地名アイヌ語小辞典」
春と秋は夏の年に含まれ、春は夏の年の初め
秋は夏の年の終りである、とも記している。
春秋はふたつの年の境に広がる朧なる界(さかい)
・浮き世と思える記載だ。
私は実感としてこの考えが好きだ。
それは学生時代最初に東京で感じた春の印象に拠る。
春が長い。
梅・桃・桜と春がゆったりと流れている。
それまでの春は、待ち遠しく待つ時の方が長く、それ
は雪融けの汚れた雪道とともにある。
そして桜の開花と共に百花繚乱の夏の年が来る。
この淡く短い冬と夏の界(さかい)のような春を、色
彩で意識させるのは、腐れ雪の汚れた土を割って咲く
福寿草の花の燃える黄彩だ。
札幌の春を象徴する喜の黄彩(きいろ)だ。
モノトーンのグレーの冬世界を割く黄金の黄。
正に冬の終わり、夏の始まりを告げるふたつの界
(さかい)の浮き世の花である。

春とは、微かな気温の変化に期待を込め暖かさを待ち
望む待機の時間が大半だ。
そしてそこに福寿草の喜・黄の花が頂点のように在る。
梅を愛で、桃を愛で、桜を愛でる長い春は此処には無い。
先人古アイヌ民族が考えた冬の年・夏の年という考え方
は、この地の自然と生活に根差した確かな感覚と思う。
見えない界(さかい)の間(あわい)は、空気や光、水
のように、札幌の春という衣装を纏っている。
この自然に根差した源感覚を電気人工エネルギーや東京
カブレの風俗に浸食されてはならない。
そう思う。

*彩・八木保次・伸子展ー4月初旬予定(ご遺族の方逝去により遅延)
*吉増剛造展「火ノ刺繍乃道(ルー)」ー5月予定

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by kakiten | 2017-04-02 15:32 | Comments(0)


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