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2017年 01月 21日

釧路・小林東さんの事ー広い河口(12)

釧路ジスイズの小林東さんが亡くなったという。
2,3回会っただけだけど、舞踏の大野一雄を最も尊敬し
北海道に一番多く招いていた人だった。
晩年の大野先生にも寄り添うように、添い寝するかの
ように親身な人という記憶が残る。
私が石狩河口で大野一雄公演をした時は、スペクタクルだ
と言ったと聞いていた。
大野先生と出会った頃の私は、札幌とは自分にとって何か
を、地形という自然の身体性を通して追求していた。
大野先生との出会いは石狩へという行動と共にあって、
それは大野公演のタイトルにも「石狩 みちゆき 大野一雄」
と名付けた事に象徴されている。
本来の大野先生の舞踏プランタイトルは、「石狩の鼻曲がり」
であって、鮭の生と死、誕生・再生を表現したものである。
都市化によって暗渠化された見えない川から河口へ源流へと
志していた当時の私を、先生は即座に理解し同意してくれた。
先生との行動は、正に石狩・道行きの感謝の気持ちが強かった
のだ。
道東の釧路に根を置く小林さんとはその点で少し大野先生と私
とは違う距離があったのだろう。
野外での石狩河口公演をスペクタクルと評した事に、その事が
顕れている。
私にとって大野一雄が道行きならば、小林さんにとって大野
一雄は添い寝のようなもっと深い存在だったと今思える。
何故なら大野先生は小林さんの喫茶ジスイズのカウンターで
いつも踊っていたと聞くからだ。
大野先生とは、そういう幅広い柔軟性を保つ自然体に近い
舞踏家だった。

今となればそんな小林東さんともっと、大野先生の事を
語り尽くしてみたかった。
石狩河口の公演映像も共にみながら、スペクタクルでない
石狩川の生と死と再生の舞踏風景を見て欲しかった。

この大野一雄の石狩河口公演を通して、今に繋がる吉増剛造
の昨年6月竹橋・東京国立近代美術館展を思いながら、小林
さんを想うのである。

合掌。

*高臣大介ガラス展「奏であう」ー2月予定
*中嶋幸治作品展ー2月予定。
*吉増剛造展「火ノ刺繍乃道(ルー)」ー3月下旬4月予定。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503
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by kakiten | 2017-01-21 14:43 | Comments(0)


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