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テンポラリー通信

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2016年 12月 13日

臓腑活性・吉増剛造ー茨(イバラ)・戸(ト)(20)

吉増剛造さんより新たな「怪物君」草稿と経過を撮影したDVD
が送られて来る。
ひとつの草稿(草画・・)に一枚のDVD。
これまで今回のも入れて、3本になる。
明年4月の展示まで、これは続く予定だ。
晶文社吉本隆明全集3の月報の校了コピーと群像1月
号掲載の全文コピーが添えられていた。

「ネオ怪物君」は今年6月の竹橋・東京国立美術館展示を経て、
さらに奔放・自由・凝縮している。
吉本隆明の日時計詩篇、言語にとって美とはなにか、親鸞論等
の筆写が吉増剛造の全身思考・五臓六腑の咀嚼によって、消化
・分解・吸収の内臓の海のように生々しく拡がる。
吉本隆明・戦後近代の固い種を全身感性で舐め咀嚼し揺籃して
いるのだ。
言葉の解釈や批評の域ではもうない。
思考が臓器と化し、より直で、より五感化した”ウッソー!、
ホント!”のように内臓感性視界・究極の全身感性の仕業だ。
五臓六腑、いや六蔵六腑、すべてが草稿にのたうち、揺籃し
ている。
そして<顕チ現ハレ>て来る吉本隆明の二行・・。

 にんげんは再び穴居して
 かぎりなく視なければならぬ

 (「沈黙の言語」吉本全集月報)

 筆・写・稿は、表・裏に親友からの葉書、自らの草稿の残欠を
 襲ね重ねて、・・・次第に紙は重くなり、・・・彫刻化・・・と
 いうよりも、重く重くなりはじめて六五八葉(11月15日現在)
 に達している。
 (同上)

と記された吉増剛造のこの作業は、正に、
<穴居して かぎりなく視なければならぬ>行為の一端を伝える。
送られてきたGOZOCINEにはその過程が写刻されている。
戦後近代に聳え立つ吉本隆明への「大病院脇に聳え立つ一本の
巨樹への手紙」は、吉本作品・草稿への<筆・写・稿>を経て、
全内臓・咀嚼・消化のような全身行為として顕されている。
折り畳まれた血の滴るような「怪物君」草稿を手にして、しばらく
感受していたのは、これは吉増さんの想念・思考の内臓そのもの、と
いう実感・感触だった。
明年4月までどう、この内臓達を開いてゆくか・・、

・・・穴居してかぎりなく視なければならぬ・・・

*川俣正TETRAーHOUSE326展ー12月26日まで。
*森本めぐみ展「百年の予定」ー12月30日ー1月3日:2日休廊。

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2016-12-13 15:07 | Comments(0)


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