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テンポラリー通信

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2016年 12月 04日

<振る舞い>祭の否定ー茨(イバラ)・戸(ト)(14)

12月2日道新夕刊に川俣正が一文を載せている。
自らが考え、実行しているアートプロジェクトの
考察だ。
その中で現在日本各地で行われている「芸術祭」
への彼なりの批判の矛先が明瞭だ。

 現在日本の各地で行われている「芸術祭」と言わ
 れている催し物は、多分に観客におもねっているし、
 見る人たちを楽しませようとする振る舞いでしか、
 アートを考えていない気がする。

現在展示中の「TETRAーHOUSE326」展
の経験からしても、円山北町の住宅街の一角が住人
・参加者・観者をすべて巻き込んだ共有体験だった
記憶が甦る。
確かにこの経験は、<振る舞い>や<おもてなし>
ではない。
川俣が創り上げる廃材による家屋の梱包空間には、
人と人のコミュニケーション回路の顕在化のような
回路の物質化の存在感があり、人はその磁場に参加
し、共有し、集ったのだ。
今、生業の消えた集合住宅パックー高層ビルマンシ
ョンが林立する界隈の根元で、その対極に位置する
芸術のインスタレーション行為だった。
33年経た今、川俣正の本質は少しも変わらない。
さらに街の一角からゾーンとしての地域性を深めて
その考え方を、<インターローカル>という考え方
でも提示している。
この<インターローカル>という発想は、九州田川
で10年に渡り継続されたコールマイン田川の座談会
で最初に発せられた。
某著名アートデレクターが、<グローカル>と発語
した時、すかさずそれを否定するかのようにインター
ローカルと切り返したのだ。
グローカルとはグローバルとローカルを繋げた造語で、
それを川俣はグローバルを否定し、インターナショナル
をローカルと繋げたのである。

この<グローバル>を選ばず<インターナショナル>を
選択する川俣の基本精神は、今回の芸術祭ー振る舞い
批判に通底している。
固有の<個人>、固有の地域<地方>との間を繋ぐ回路
を基本に考える姿勢である。
例えて言えば近代化日本の標準語化をグローバル的志向
とすれば、地方方言はローカルだが方言の保つ独特の地
域的感性が全国化する可能性を、標準語の均一性とは真
逆の可能性として<インターローカル>と発想したと思う。
実際にそうした現実は言葉だけではなく進行している。
例えば世界的グローバル産業コカコーラは、販売地域の
水を使用しローカルを実践している。
これは言わばグローカルというものだ。
これに対しインターローカルとは、一地方の独自性を主軸
に世界に通じる価値の創造が主眼となる方向性である。
均一性を前提に地域性を附加して<振る舞う>のではなく、
独自性の共有を目指す、地域から世界へという逆軸なのだ。
文化の本質を考えれば、<インターローカル>とは本来の
文化過程を保っている本質である。
<振る舞う>行為は啓蒙・情宣行為であり、創造行為では
ない。
川俣正は美術家として、創造者の立場を貫き語っている。
コカの実、珈琲の実、紅茶の葉は元々一地方のローカルな
産物である。
カルチャー(耕地)は何時だってローカルを原点とする。
芸術も然り、当然本質は個という一点に発し、展じるのだ。


*川俣正TETRAーHOUSE326展ー12月26日まで。
*森本めぐみ展「百年の予定」12月30日-1月3日まで。
 am11時ーpm5時:月曜定休

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503

by kakiten | 2016-12-04 16:43 | Comments(2)
Commented at 2016-12-06 10:48
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2016-12-08 09:57
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。


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