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テンポラリー通信

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2016年 10月 25日

20年目の飛礫ー土曜の夜の夢(12)

あいちトリエンナーレ2016に出展していた
岡部昌生氏から厚い2通のレターパックが届く。
今月15日から11月13日まで名古屋で展示
される岡部昌生+鯉江良二「ヒロシマの礫」の
資料と案内状だった。
鯉江さんは喉の手術で今は声が出ないと聞いていた。
港千尋さんと岡部氏との3人の鼎談には出席無理と
思っていたが、一転本人から出席との連絡があった
との喜びの手紙が一通。
そしてその後送られてきたもう一通のレターパック
には、鼎談の模様が躍るような文字で綴られていた。

 鯉江良二さんとの素晴らしいトークショーが実現
 できて、嬉しかった。・・・・
 港さんの、鯉江さんの身体を案じながらも、これから
 の事を問う質問に。「造りつづけること」という筆談
 の文字が、映像画面に投影される瞬間、感銘深く、鯉江
 さんの人柄を伝えきって、感動的でした。

「ヒロシマの礫」は1995年秋旧テンポラリースペース
で「ヒロシマその後岡部昌生+鯉江良二」#032として
展示された。
その際広島で採土したヒロシマ被爆の土と札幌・常滑の
土をそれぞれ混ぜ合わせ、それに日常の廃棄物電気コード
乾電池、釘、ヒューズ、コイル等を混ぜ拳大に再焼成し、
円環状に展示した。
非人間的な原爆の火に対峙する、人間の火の復権という
のがテーマだった。
311・フクシマを経て20年の時を経てそれが甦る。
手術後療養中の鯉江さんも大きな勇気を貰って参戦した
のだろう。
その喜びが岡部氏の文章からも伝わってくる。

被爆した土をそれぞれの土地の土と混ぜ、具のように
日常生活の廃棄物を入れて、みんなでお握りのように
握った。
それを夕張では野焼きし、札幌では陶芸の窯で焼き、
常滑では鯉江さんの窯で焼いた。
400個ほどあったそれらの飛礫(つぶて)は、今散逸
して60個ほどしか残っていない。
それらをかき集め展示し、傷つき老いた鯉江良二が参戦
し、筆談で語り続ける。
なにか胸の熱くなる風景である。
鯉江さんの故郷愛知県で、最高のエールとなったと思う。
古田織部賞で舞踏の大野一雄、写真界のアラーキに次いで
陶芸から授賞した卓越した鯉江良二の一貫した主張が
「チェルノブイリシリーズ」等の作品群に籠められた
反原発・ノーモアヒロシマの姿勢である。
人間の火を求めて、焼き物を通してその火を守り主張し続け
てきた稀有な作家である。
私が仕事を通して初めて出会った以来、何度も札幌に招請し
岡部氏を初めとする多くの展示を心懸けてきた。
「川に還る」「界川遊行」「ルフト626」等、心に刻まれる
歴史に残るイヴェントだった。

私がこれまで繋いできた3っのギャラリー。
その最初の展示の2っは、いつも鯉江良二の展示から始まった。
私には原点のような人である。
今回の無言の熱い復活、その舞台を造った岡部氏に深く感謝
の気持ちだ。

*橘内光則展「土曜の夜の夢」ー10月30日(日)まで。
 am11時ーpm7時
*HOPI&カチーナ展ー11月2日(水)ー6日(日)
 am11時ーpm6時:11月3日午後2時~/午後5時~
 一日2回お話会「平和の民ホピ族と精霊カチーナ」

 テンポラリースペース札幌市北区北16条西5丁目1-8斜め通り西向き
 tel/fax011-737-5503



 

by kakiten | 2016-10-25 16:58 | Comments(0)


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