先日病院を抜け出してプラハの大橋拓さんが来た。足に血脈の不足する病気
とかで歩行が困難になる病という。杖をつきでも元気そうだった。彼は旧病院の
建物にフリースペースプラハを作り主に若手のアーテイストのコーデイネーター
として道外国外の作家を招き活動してきた人である。谷口顕一郎さんや河田雅文
さん野上裕之さんも彼のプラハプロジェクトの一員だった。昨年の7月でプラハの
建物を閉鎖し今は旧曙小学校に仮拠点をもっている。今のテンポラリースペース
の床板壁板などは前のプラハの建材を利用させて頂いている。ともにある時期
さっぽろのアートシーンを創ってきたある意味で同志のような友人である。時間の
多少のずれこそあれどちらもそれまでの拠点を失い新たな場を求めていた。そして
今大橋さんの前のスペースの建材がこうして再生している場所に彼が足を踏み入
れてくれた事はとても嬉しかった。<お役にたって嬉しいです・・>といってビールと
焼酎の差し入れで飲みだした。一緒に来た小牧さんという写真家は以前ここのプレ
オープニングの時に写真を撮影していてこれがモノクロの傑作写真だった。高臣大
介さんか吼え酒井博史さんが歌い村岸宏昭さんが演奏している。聞く中川潤さん
のうっとりとした表情やテーラー岩澤さんご夫妻の楽しそうな顔、久野志乃さんや
高臣亜紀さんの美しい横顔二階の空簡に鳥のように座っているその他の人たちと
あの時のあの場の雰囲気を見事に写していた。そんな3人で大橋さんの病状の話
や今後の話をしながら飲んだ。私は歩いて今の場所を探し充てた。彼はその足が
病んでいる。そして以前の場所の想いにまだ少し囚われているように感じられた。
以前の建物は来月壊されると聞いた。もう一年近く経っているし大橋さんはまず体
を建て直しこのさっぽろという場をもう一度見詰めて欲しいなあと思った。建物以前
に自分の体とさっぽろという身体の病と闘って欲しい。それは今なのだ。しかし彼
と私は年齢も経歴も違いギヤラリーの在り方も違うのだが、共に同じ失意を生きて
いるとどこか感じているのだ。あの時外出の門限がきて病院に帰る大橋さんの背
に<じやあまた!>と送った声に篭もったエールが届いたかしら。