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テンポラリー通信

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2006年 06月 24日

晴れた日ー界を生きる(3)

久し振りに青空が広がる。今日も快調に歩く。琴似街道から卸売り市場の東側
を通り桑園を経て北大農場に入る。昨日までの雨で土の道は水溜りが多い。や
っと飛び越え損ない泥だらけ。まあいいか、草で泥を拭いなんとか応急処置。
堆肥の匂いがして鳥が飛んだ。工学部の前から銀杏並木に出て構外に出る。
この銀杏並木も結構な距離である。秋はきっと綺麗だろうなあ。ハルニレの大木
が北大の構内には多くてさっぽろ本来の森の姿を残しているが、銀杏の木は本
州からの移入と聞いた。琴似川の終わり伏古川との合流地点龍雲寺の大銀杏
は見事だった。そういえば苗穂の法国寺にも大銀杏があった。お寺や旧家の庭
に多い木である。水分が多く防火に効用があると誰かに聞いた。銀杏や羊は近
代以降の札幌の動植物の象徴なのかも知れない。さっぽろがかってエルムの都
といわれたことなど知らない人が今は多いから、このエルムの樹ハルニレの樹
の下にたまに身を置くといいと思う、雄大な伸びやかな世界が拡がってくるから。
北大の第二農場に保管されているエルムの鐘は北大の敷地が有していた自然
の象徴さっぽろの森の象徴なのだと思う。その鐘の音はとても澄んでいい音が
した。エルムトンネルの傍にある第二農場は整備されちよっとショウルームぽく
なっているが映画「風と共に去りぬ」の場面に出てきそうなアメリカ式の農場で
ある。樹と芝生と木造の厩舎等の風景がいい。さっぽろの近代は正しくここから
始ったと思える。その「洋」の風景は街にも洋館として公共の建築物や富裕な個
人の建物にも普及していったのだろう。その近代の和の職人と洋のデザインが
格闘し創りだした日本独特の「洋館」建築の原型のひとうがここにあると思われた
。それも環境ごと保存されていて小熊邸のように建物だけを移転保存しているの
とは違う。旧帝国大学という官が結果的には植物園や構内を大きな規模で守り
保存する事ができたのだ。民の側の街はどんどん破壊され近代の優れた洋館
は消えて喪われているのだから。ハルニレの樹も銀杏の樹もまた同じである。
今、広大な北大構内に沿って伸びる斜め通りにテンポラリースペースを定めた
事によって毎日さっぽろの本来あった自然と近代そして現代を往還する小さな
旅をしている。円山では界川という小さな見えない暗渠の川がその旅を可能に
してくれたが、今この地域では平野部の森の面影がそれを可能にしてくれてい
るようだった。そして四次元の光回線の世界に文章を置きながら三次元の空間
の界(さかい)を徘徊している今の自分がいる。

by kakiten | 2006-06-24 13:28 | Comments(0)


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